
不動産投資は、資産形成を目指すうえで非常に有効な手段です。安定した家賃収入を得られる点や、インフレに強い実物資産であることから、多くのビジネスパーソンや資産家が積極的に取り組んでいます。
しかし、いざ物件を所有し賃貸経営を始めてみると、必ず直面する“最初の壁”が立ちはだかります。それが「確定申告」です。
会社員であれば普段は会社が年末調整を代行してくれるため、税務申告を自分で行う機会はほとんどありません。そこに突然、「不動産所得が発生したから自分で確定申告をしてください」と言われても、何から手をつけてよいか戸惑ってしまうのは当然のことです。
税理士に任せるという選択肢もあります。確かに安心感は大きく、間違いが起きにくいというメリットもあるでしょう。ただし、そのぶん費用がかかります。1件の申告で年間10万円前後、物件数が増えるとさらに費用が跳ね上がることも珍しくありません。
実は、多くの不動産オーナーが「自分で申告する」ことに成功しています。市販の会計ソフトやクラウドサービスを活用することで、思っている以上にシンプルに申告ができるようになってきているのです。
そして何より、自分で申告を行うことで得られる大きなメリットがあります。
- 税務の知識が自然と身につき、投資判断の質が上がる
- 節税の仕組みがわかり、無駄な税負担を避けられる
- 税理士に任せたときでも「内容を理解した上で依頼できる」
つまり、“自分でやってみる”経験は、確定申告そのもの以上のリターンをもたらしてくれるのです。
本稿では、確定申告の必要性から実務フロー、よくある失敗までを体系的に解説します。最終的に「今年から自分で申告できそうだ」と感じてもらえることを目指しながら、読者の一歩を後押しする内容をお届けします。
第1章:確定申告の基礎知識 — 不動産投資と税務の関係性

● 不動産所得とは何か?給与所得や事業所得との違い
不動産所得とは、賃貸物件から得られる家賃収入などの収入から、必要経費を差し引いた「もうけ」のことを指します。たとえば、以下のような収入・支出が該当します。
【収入の例】
- 家賃
- 駐車場使用料
- 共益費の一部(管理会社を通じずオーナーが受け取る分)
【経費の例】
- 固定資産税
- 管理費・修繕費
- ローンの利子部分
- 減価償却費 など
この「家賃収入 − 経費 = 利益」がプラスなら、課税対象として確定申告が必要となります。逆に、赤字(マイナス)であっても、申告をすることで他の所得と相殺できるケースがあります。
ちなみに、不動産所得は「事業所得」とは異なります。たとえば民泊やウィークリーマンションなど、一定の管理・サービスを伴う賃貸形態では「事業所得」に該当する場合もありますが、通常の賃貸物件であれば、基本的に「不動産所得」として処理します。
給与所得との違いは、“経費を自由に計上できるかどうか”という点が最大のポイントです。給与所得では原則として「給与所得控除」だけが自動で適用されますが、不動産所得は自ら領収書を集めて「必要経費」を立証し、申告することになります。
● 確定申告が「必要な人」「任意でもしたほうがいい人」
不動産所得がある場合、すべての人が確定申告をしなければならないわけではありません。会社員であっても、以下の基準に当てはまるかどうかで判断が分かれます。
【申告が必要になる主なケース】
- 給与収入がある人で、不動産所得などの「給与以外の所得」が年間20万円を超える
- 複数の会社から給与を受け取っている
- 医療費控除や寄附金控除など、年末調整で処理できない控除を受けたい人
ここで重要なのが「20万円の壁」です。会社員の方が副業で不動産所得を得ていても、その所得が年間20万円以下であれば、申告義務は免除されます(ただし、住民税の申告は別途必要になることもあるので要注意)。
【申告を「任意でもしたほうがいい」ケース】
- 不動産所得が赤字の場合(損益通算により他の所得から控除できる可能性あり)
- 多額の経費が発生しており、税額の還付を受けられる見込みがある場合
例えば、築古のアパートを取得し、大規模修繕や初年度の仲介手数料、登記費用などが重なって赤字になったとしましょう。このようなケースでも確定申告をしておけば、赤字分を給与所得と通算して、所得税や住民税が軽減される可能性があります。
● 確定申告を怠るリスク・ペナルティ
確定申告をすべきなのに申告しなかった場合、以下のようなペナルティが課される可能性があります。
【主な罰則】
- 無申告加算税(原則15%/期限内に自主的に申告すれば5%)
- 延滞税(年利換算で7.3%〜14.6%程度)
- 重加算税(仮装・隠蔽がある場合は最大40%)
特に問題となるのは、「悪意がないミス」でもペナルティが免除されないケースがあること。最近では、マイナンバー制度の普及によって、銀行口座や不動産登記情報、金融機関とのやりとりが税務署にも共有されるようになってきています。
たとえば、「住宅ローンの支払い」や「家賃の入金記録」が他の所得と結びついて税務署に把握されることもあります。つまり、申告漏れは思っている以上に“バレやすい”時代になっているのです。
そのため、「少額だから大丈夫」「一度だけだから」という油断は禁物。自分の所得状況を正確に把握し、正しいタイミングで適切に申告を行うことが、資産家としての信頼にもつながります。
第2章:申告方式の選び方 — 青色申告 vs 白色申告
不動産所得の確定申告には、大きく分けて「白色申告」と「青色申告」の2つの方式があります。
どちらを選ぶかによって、手続きの煩雑さも、節税効果も大きく変わってくるため、自分にとって最適な方法を見極めることが重要です。
● 白色申告の特徴・メリット・デメリット
まずは、より簡易的な方式である「白色申告」から見ていきましょう。
【白色申告の特徴】
- 特別な事前手続きが不要(開業届は出すべきだが、青色申告の申請は不要)
- 簡易な帳簿付けで済む(単式簿記でOK)
- 控除などの税制優遇は基本的にない
白色申告のメリットは、なんといっても「始めやすさ」にあります。事前に青色申告の申請をしていない場合でも選択でき、会計ソフトを使わずにエクセル管理でも申告できる点は初心者にとって魅力です。
しかしその一方で、控除額などの恩恵が少ないため、節税面ではやや見劣りします。特に、事業的規模で不動産投資を行っている人にとっては、青色申告を選ぶほうが明らかに有利です。
● 青色申告の要件と制度優遇
「青色申告」は、一定の条件を満たせば、さまざまな税制上の優遇を受けられる申告方式です。ただし、適用を受けるには、事前の届出が必要である点に注意してください。
【青色申告に必要な手続き】
- 不動産所得の開始から2ヶ月以内、または原則として3月15日までに「青色申告承認申請書」を税務署に提出
- 開業届(個人事業の開業・廃業等届出書)をあわせて提出
【主なメリット】
- 最大65万円の「青色申告特別控除」が受けられる(複式簿記+電子申告など条件あり)
- 赤字を3年間繰越できる「純損失の繰越控除」
- 家族へ支払う給与を経費にできる「青色事業専従者給与」
- 貸借対照表・損益計算書の作成を通じて、経営状況を把握しやすくなる
たとえば、青色申告特別控除の65万円を活用できれば、それだけで税額にして最大20万円弱の節税効果が生まれることもあります(所得税+住民税の合計税率を30%と仮定した場合)。
青色申告は、帳簿の付け方に「複式簿記」という形式が求められ、白色申告に比べて作業量は多くなりますが、それ以上のメリットがあるのです。
● 規模別の選択判断基準:所有戸数・収入規模・運営方針
では、どちらの申告方式を選ぶべきか。その判断基準は、保有している物件の規模や、投資方針によって異なります。
【青色申告が適しているケース】
- 不動産所得が年間100万円以上ある(控除による効果が大きいため)
- 将来的に法人化・事業化を視野に入れている
- 複数物件を保有し、節税や財務管理を本格化させたい
【白色申告が無難なケース】
- まだ物件を取得したばかりで、収入が少ない
- 複式簿記や帳簿付けに抵抗がある
- 初年度は様子見で、とりあえず始めてみたい
不動産投資の“規模”を示す一つの基準として、国税庁は「事業的規模」の目安を示しています。これは一般的に「5棟10室基準(アパートなら10室以上、一戸建てなら5棟以上)」と呼ばれており、これを満たすと青色申告の65万円控除が適用できるケースが多くなります。
ただし、これに満たない場合でも、55万円や10万円の控除が適用されることがあるため、可能な限り青色申告を目指す価値はあります。
● 初年度特有の要点(青色申告を使うために注意すべきこと)
投資初年度で特に注意すべきポイントは、「青色申告の申請タイミング」と「帳簿付けの準備」です。
- 青色申告承認申請書の提出期限
新たに不動産所得が生じた場合、その開始日から2か月以内、またはその年の3月15日までに申請書を提出する必要があります。
これを過ぎてしまうと、その年は白色申告しか選べなくなってしまうため、物件を購入したらすぐに動くことが重要です。 - 帳簿の準備は“思ったより早く”始める
たとえ青色申告を申請していても、帳簿付けがきちんとできていないと控除が認められないケースもあります。購入時の諸経費(仲介手数料、登録免許税、不動産取得税など)を含め、取得日からしっかりと記録を残しておくことが後々の助けになります。 - “e-Taxで電子申告”による追加控除
2020年度以降、e-Tax(国税庁の電子申告システム)を使って確定申告を行うと、青色申告特別控除が最大65万円まで引き上げられるようになりました(それまでは最大55万円)。
電子帳簿保存法への対応も視野に入れて、帳簿をデジタル化することが、今後ますます重要になるでしょう。
第3章:申告に必須な準備事項と書類一覧
確定申告を「自分でやる」ためには、事前準備がすべてと言っても過言ではありません。
逆に言えば、日頃から帳簿や領収書を整備しておくことで、申告作業の手間は大きく軽減できます。
この章では、確定申告に必要な書類・帳簿・情報を網羅的にリストアップしながら、それぞれのポイントを丁寧に整理していきます。
● 会計・帳簿の基礎:記帳のルールと方法
不動産投資における「帳簿付け」は、青色申告・白色申告にかかわらず必要です。とりわけ、青色申告で65万円控除を狙う場合には、「複式簿記による記帳」「貸借対照表と損益計算書の作成」が条件となるため、以下のような帳簿が求められます。
【主な帳簿の種類】
- 現金出納帳:家賃収入・雑費支払いなど、現金での出入りを記録
- 預金出納帳:銀行口座からの入出金を記録(自動引き落としなど)
- 収入帳:月ごとの家賃・駐車場代・礼金などを記録
- 経費帳(支払帳):管理費・修繕費・広告費・交通費などを記録
- 固定資産台帳:建物や設備ごとの取得価格・耐用年数・減価償却状況を管理
なお、これらの帳簿はExcelで自作することも可能ですが、市販のクラウド会計ソフト(freee、マネーフォワード、弥生など)を使うと、記帳が自動化されて非常に効率的です。
銀行口座やクレジットカードと連携して、日々の取引を自動で分類・記録してくれるため、特に初心者には心強いツールといえるでしょう。
● 必要書類一覧(必ず揃えるべき書類とその役割)
確定申告のために収集・保管しておくべき書類は多岐にわたります。
以下に、不動産投資家が準備すべき代表的な書類をまとめました。
【収入関連】
- 賃貸借契約書(入居者との契約内容の確認)
- 家賃収入明細(管理会社からの送金明細など)
- 駐車場・コインランドリーなど副収入の明細
【支出・経費関連】
- 管理委託契約書・報酬明細(管理会社に支払う費用)
- 修繕工事の請求書・見積書・領収書(修繕費・資本的支出の判断に必要)
- 火災保険・地震保険の保険料領収書
- 固定資産税・都市計画税の納税通知書・領収書
- 融資契約書・ローン償還表(元本と利息の区分が必要)
【取得時関連】
- 売買契約書(購入価格・日付の証明)
- 登記簿謄本・登記事項証明書(不動産の所有証明)
- 仲介手数料・司法書士報酬・不動産取得税の領収書等(取得費用の証明)
【その他】
- 通帳コピー(家賃入金の証明)
- クレジットカード明細(経費支払いの証明)
- 領収書(出張・交通・消耗品など、事業関連経費)
これらはすべて「経費として正当に認められるための証拠資料」となります。
また、税務調査が入った際にこれらの書類がしっかりと揃っていれば、説明責任も果たしやすくなります。
● 収支内訳書・青色申告決算書の作成要件と構造
不動産所得がある個人が確定申告を行う際には、以下のどちらかの書類を作成し、確定申告書とともに提出する必要があります。
【白色申告の場合】
- 収支内訳書(不動産所得用)
【青色申告の場合】
- 青色申告決算書(不動産所得用)
両者の構成は似ていますが、青色申告決算書では貸借対照表の作成も求められるため、より詳細な記帳が必要です。
また、経費の分類や減価償却の計算も自分で行う必要があるため、帳簿の整備が重要になります。
【主な記載項目(共通)】
- 収入金額(家賃、礼金、共益費など)
- 経費の内訳(管理費、減価償却費、税金、利息など)
- 純所得額(所得控除前の不動産所得)
特に、減価償却費の算出には、建物の構造や築年数に応じた「耐用年数」の知識が必要となるため、次章以降で詳しく取り上げていきます。
● 裏づけ資料・証憑類の保存義務と保存期間
申告に必要な帳簿や証憑類には、一定の保存義務があります。以下がその概要です。
書類の種類 | 保存期間の目安 |
---|---|
帳簿類(現金出納帳、収支帳など) | 7年間 |
領収書・請求書・契約書などの証憑類 | 5年間(青色申告は7年間) |
特に、電子データとして保存する場合は「電子帳簿保存法」の要件にも注意が必要です。2022年以降、電子取引のデータ保存要件が強化されているため、PDFや写真のファイルでも「保存期間」「検索性」「改ざん防止」が担保できるよう整備しましょう。
● 証拠として残すべき記録:写真やメモの活用
修繕費や設備投資の一部は「経費」ではなく「資本的支出(減価償却)」として処理されることがあります。この区分が難しいケースでは、写真やメモが証拠として有効です。
【推奨される記録の例】
- 修繕前・修繕後の写真(作業内容の視覚的証明)
- 工事内容を記録したメモ(日付、内容、施工業者)
- 現場監督や業者とのやり取りの履歴(メールやLINEなど)
税務署は「実態」によって判断するため、証拠となる記録はできるだけ詳細に、そして確実に残しておくことが重要です。
第4章:経費計上の実態と判断基準

確定申告を通じて「納税額を最小限に抑える」ために、最も重要なポイントの一つが「経費計上」です。
正しく経費を計上することで、課税所得を抑え、所得税・住民税を軽減することができます。
一方で、過大な経費計上や誤った処理をしてしまうと、税務署から否認されたり、税務調査の対象になったりするリスクもあります。
この章では、不動産投資で使える経費の種類・判断基準・注意点を総合的に解説します。
● 経費として認められるもの vs 認められないもの
経費として認められるかどうかの基本的な考え方は、国税庁の見解にも明記されています。
「その年における不動産所得を生ずべき業務の遂行上、直接必要であった費用(必要経費)」
つまり、「その支出が明確に不動産収入を得るために必要だった」と説明できるかどうかがポイントになります。
【経費として認められる主な支出】
- 建物の管理費・修繕費
- 火災・地震保険料(※損害保険料控除とは別枠)
- 固定資産税・都市計画税
- 借入金の利息(元本部分はNG)
- 仲介手数料・司法書士報酬(一部は取得費として資本的支出扱い)
- 税理士報酬(申告書作成に関連する部分)
【認められにくい支出】
- 家族との外食費(不動産事業との関連性が曖昧)
- 投資セミナー参加費(内容・主催者による)
- プライベートな出張費や交通費
- 自宅のインターネット代(按分が必要)
いずれも「関連性の説明」「領収書の明記」「使用目的の記録」が大切です。
“なんとなく事業っぽい”では通用しません。
● 減価償却費と修繕費/改良費の境界線
不動産投資における経費計上で最も複雑かつ重要なのが、「減価償却費」と「修繕費」の取り扱いです。
この違いを理解していないと、申告ミスに直結します。
【減価償却費とは】
- 建物や設備など、長期間にわたって使用する資産について、年数をかけて経費として分割計上する方法
- 建物本体のほか、給湯器、エアコン、照明器具などが該当する
【修繕費とは】
- 賃貸物件を維持・原状回復するための支出
- 例:壁紙の貼り替え、給排水管の修理、屋根の補修 など
【改良費(資本的支出)】
- 設備や性能の向上、新しい機能の追加にかかる支出
- 減価償却の対象となる(その年に一括で経費にできない)
税務上の判断基準としては、「修繕費と認められるのは、明らかに現状回復目的であるもの」とされます。
金額が高額(おおむね20万円以上)だったり、内容が機能向上を伴う場合は、改良費と見なされる可能性があるため注意が必要です。
● 項目別:経費リストとその根拠
以下は、不動産投資でよく使われる経費項目と、それぞれの背景や判断基準をまとめた一覧です。
経費項目 | 説明・判断基準 |
---|---|
管理委託費 | 管理会社への報酬。明細に内訳を残しておくことが重要 |
修繕費 | 原状回復や故障対応。金額が高い場合は資本的支出との判断が必要 |
広告宣伝費 | 入居者募集のための広告費。仲介会社へのAD費なども含まれる |
火災・地震保険料 | 必要経費として全額計上可能(加入証明書を添付) |
減価償却費 | 建物部分を法定耐用年数で按分して計上。取得価格の按分が必要 |
交通費・出張費 | 現地確認・内見同行など。記録と目的が明確なら計上可能 |
通信費 | 賃貸業務に使う携帯代・ネット代。家庭用との按分が必要 |
消耗品費 | 文房具、郵送物、封筒など。1点10万円未満であれば一括経費化可能 |
税理士報酬 | 確定申告書作成や記帳代行にかかる費用 |
研修費・学習費 | 投資関連書籍・セミナー費用など。領収書に「内容の明記」が必要 |
● 領収書管理のコツと保存期間
経費として認められるかどうかは、最終的に「証拠書類」が整っているかどうかにかかっています。
以下のポイントを押さえると、帳簿と領収書の整合性がとれやすくなります。
【領収書管理のポイント】
- 日付・金額・支払先・用途が明記されているか
- 手書きの場合は「宛名(自分の名前)」と「支払い内容」を追記する
- 領収書が出ない取引(現金支払いなど)は「出金伝票」で対応する
- 電子データはPDF形式で保管し、分類フォルダに整理
【保存期間】
- 青色申告:帳簿・証憑類は原則7年間保存
- 白色申告:5年間保存
なお、税務調査では“3年前”の内容が最もよく調査されます。
そのため、直近だけでなく、過去数年分の書類も常に整えておく習慣を持ちたいところです。
第5章:手順で学ぶ!確定申告の実務フロー
ここまでの章で、確定申告に必要な知識や準備について詳しく見てきました。
では実際に申告をする段階では、どのような手順で進めていけばよいのでしょうか?
この章では、申告を「自力で」行うためのフローを5つのステップに分けて解説します。
クラウド会計ソフトを使う場合/使わない場合の違いや、e-Taxを使った提出方法など、実務の肝となる部分にも踏み込んでいきます。
● ステップ1:帳簿入力(手入力/会計ソフト活用)
まず最初の作業は、「帳簿への入力」です。
この作業は、申告書作成の“土台”となるもので、すべてのデータの出発点となります。
【帳簿入力で必要な情報】
- 家賃収入や共益費などの入金履歴(月別に記録)
- 経費ごとの支払い明細(領収書と照らし合わせ)
- 減価償却の対象資産と金額(建物、設備など)
帳簿付けの方法は2種類あります。
- 手動(Excelなど)で記帳する方法
自作の帳簿テンプレートなどを使い、収支を1件ずつ記入していく。
コストはかからないが、入力ミスや集計ミスのリスクがある。 - 会計ソフトを使う方法(クラウド型/インストール型)
freee、マネーフォワード、弥生会計などのソフトを使えば、銀行明細の自動取り込みやレシート読み取りなどが可能になり、記帳作業が大幅に効率化される。
特に青色申告で複式簿記を求められる場合、帳簿の複雑さを考えると会計ソフトの利用は非常に効果的です。
● ステップ2:決算書・収支内訳書(または青色申告決算書)作成
帳簿入力が終わったら、次は収支を集計して「収支内訳書」または「青色申告決算書」を作成します。
【白色申告】
- 「収支内訳書(不動産所得用)」を作成
- 収入・経費・純利益を記載するだけでOK(貸借対照表は不要)
【青色申告】
- 「青色申告決算書(不動産所得用)」を作成
- 複式簿記で集計し、損益計算書・貸借対照表を作成
この作業では、減価償却費の計算や、経費の科目ごとの分類が求められるため、初めての方は多少の時間をかけて取り組む必要があります。
とはいえ、会計ソフトを使用すれば、この決算書類も自動的に生成されるため、そこまでのハードルではなくなっています。
● ステップ3:確定申告書Bへの転記と税額算定
続いて、収支内訳書や青色申告決算書で算出された不動産所得を、「確定申告書B」に転記します。
【確定申告書Bとは】
- 全納税者が使用する基本の申告書類
- 第1表・第2表の構成で、所得の総合計や控除額を記載
この際に、以下の控除項目も漏れなく記載することがポイントです。
【代表的な所得控除】
- 社会保険料控除
- 生命保険料控除
- 地震保険料控除
- 配偶者控除・扶養控除
- 医療費控除・寄附金控除(ふるさと納税含む)
これらを加味したうえで、最終的な課税所得と税額が決まります。
「所得税の速算表(国税庁)」に基づいて税額を計算し、すでに源泉徴収されている額との差額が「納付(または還付)すべき税金」となります。
● ステップ4:e-Taxまたは紙提出の方法と注意点
書類の準備が整ったら、いよいよ「提出」です。
提出方法は、以下の2通りから選べます。
- e-Tax(電子申告)で提出する方法
- 国税庁の「確定申告書等作成コーナー」からオンラインで申告
- マイナンバーカード+ICカードリーダ or スマホ認証でログイン
- 添付書類の一部が省略可能、還付までの期間も短縮される - 紙で提出する方法
- 確定申告書一式を印刷し、税務署に郵送または持参
- 添付書類(保険料控除証明書、医療費明細書など)は原則同封
おすすめはe-Taxです。特に、青色申告の65万円控除を最大限受けるには「電子申告」が必須条件となっています。
また、令和5年からは電子帳簿保存法の影響により、e-Taxとの親和性がますます高まっているため、今後を見据えて早めに慣れておくと良いでしょう。
● ステップ5:提出後の対応(控除ミス、還付金、修正申告・更正の請求)
確定申告を終えたあとも、「それで終わり」ではありません。
申告後には以下のような対応が必要になることがあります。
- 還付金の確認(e-Taxならマイナポータルで状況を追跡可能)
- 控除の記載漏れがないかの再確認(後日気づくケースが多い)
- 間違いがあった場合の「修正申告」(納税額が少なかった場合)
- 納税額が多すぎた場合の「更正の請求」(原則5年以内)
また、税務署から「内容確認の連絡」が入ることもありますが、冷静に対応すれば問題ありません。必要に応じて資料を提出し、内容を説明できる状態にしておくことが大切です。
第6章:便利な会計ソフト・ツール活用ガイド
不動産投資の確定申告を自分で行う際、もっとも多くの人が「帳簿付け」に悩みます。
「どこまで入力すればいいの?」「複式簿記ってなに?」「経費の仕訳がわからない…」といった戸惑いを、1つずつ解決してくれるのが、会計ソフトや帳簿管理ツールです。
現在では、誰でも直感的に操作できるクラウド型のソフトが増えており、導入のハードルは一昔前と比べて格段に下がっています。
この章では、不動産投資家に適したソフト・ツールを中心に、特徴や選び方、活用法をご紹介します。
● クラウド型会計ソフトの特徴とメリット
クラウド型会計ソフトとは、インターネット上で帳簿や決算書の作成、確定申告書の作成ができるサービスのことです。
代表的なサービスには以下のようなものがあります。
サービス名 | 特徴 |
---|---|
freee会計 | UIが非常にシンプル。初心者でも操作しやすい。スマホ対応◎ |
マネーフォワード確定申告 | 銀行・クレカ連携が強力。資産管理と一元化しやすい |
弥生会計 オンライン | 会計処理に強み。青色申告の要件を網羅。信頼性と実績も◎ |
【クラウド型の主なメリット】
- 自動で銀行・クレジットカード明細を取り込み、仕訳を提案してくれる
- レシート撮影による自動記録(OCR機能)
- 電子帳簿保存法に対応、e-Tax連携もスムーズ
- インストール不要で、PC・スマホ・タブレットから操作可能
青色申告の特別控除65万円を狙うには、「複式簿記」+「電子申告」+「電子帳簿保存」の3点セットが必要になりますが、これらを簡単に実現できるのがクラウド会計ソフトの強みです。
● 会計ソフト導入の初期設定と入力のコツ
会計ソフトを導入しても、最初の設定を誤ると後々大変なことになります。
以下は、不動産投資家がソフトを使う際に押さえておくべき初期設定のポイントです。
【初期設定のチェックポイント】
- 開業日/申告方式(青色 or 白色)の選択
実際の収入発生時期と整合性を持たせることが重要です。 - 資産の登録(建物・土地・設備など)
購入価格、取得日、減価償却資産としての区分を正しく入力しましょう。 - 金融機関との連携設定
メインバンク、カード会社を登録し、自動で明細を取り込めるようにします。
【入力時のコツ】
- 分類に迷った支出は「その他の経費」にせず、メモを添えて保存し、後から分類し直せるようにする
- 複数物件を保有している場合、物件ごとに部門管理やタグ付けをする
- 「摘要欄」には取引の背景や内容を簡潔に記録(例:「●●マンション修繕費」)
これらの工夫により、後から見返したときに帳簿の意味がすぐに分かるようになり、税務署への説明責任も果たしやすくなります。
● スプレッドシートで自作する場合のテンプレート活用法
ソフトの導入に抵抗がある方や、コストを抑えたい方には、ExcelやGoogleスプレッドシートでの自作帳簿も選択肢の一つです。
【自作帳簿のポイント】
- 「収入シート」「支出シート」「減価償却計算シート」など、用途別にタブを分ける
- 数式で年間収支・合計を自動集計できるように設計する
- フィルターや条件付き書式を使って見やすさを確保
インターネット上には「不動産投資用Excel帳簿テンプレート」も多く存在しており、それを参考にカスタマイズすることで、意外と快適に管理できます。
ただし、青色申告65万円控除を目指す場合は「複式簿記形式での記帳」と「電子保存要件」を満たす必要があるため、シンプルなスプレッドシートでは限界がある点には注意しましょう。
● 自動取り込み・レシートスキャンの活用方法
クラウドソフトの多くには、「自動取り込み機能」や「レシートスキャン機能」が搭載されています。
【自動取り込み】
- 銀行口座、クレジットカード、電子マネーとの連携により、取引履歴を自動取得
- 仕訳候補も自動で提案してくれるため、作業時間を大幅に短縮できる
【レシートスキャン】
- スマホでレシートを撮影するだけで、文字を読み取り、日付・金額・店舗名を自動入力
- 手入力ミスを減らし、領収書管理もデジタルで完結できる
これらの機能をフル活用することで、「帳簿を毎日つける」負担から解放され、確定申告の準備も大きく効率化されます。
● 会計だけじゃない!周辺ツールの活用で申告準備を自動化
会計ソフト以外にも、確定申告や不動産管理に役立つツールは数多く存在します。
【おすすめの補助ツール】
- レシート読み取りアプリ(例:STREAMED、Dr.Wallet)
領収書を一括読み込みしてCSVデータ化可能 - 契約書管理クラウド(例:クラウドサイン)
物件の賃貸契約や委託契約をデジタル保存・管理 - メモアプリ(例:Evernote、Notion)
修繕履歴や見積もり比較などを画像・テキストで記録し、証拠として残せる - Googleドライブ/Dropboxなどのクラウドストレージ
領収書・契約書・申告書類などを一元管理し、どこからでもアクセス可能
確定申告を単なる“作業”から、“資産管理プロセスの一部”に変えるには、これらのツールを使った効率化が鍵を握ります。
第7章:自分でやる vs 税理士に頼む|本当に得なのはどっち?
不動産投資を始めて確定申告の必要性に直面したとき、誰もが一度はこう思うはずです。
「税理士に任せた方が安心では?」
「でも、費用はどれくらいかかるんだろう?」
「自分でやって節約できるなら、挑戦してみたいけど…」
この章では、「自力でやる場合」と「税理士に依頼する場合」とを多角的に比較しながら、それぞれのメリット・デメリット、そして判断の分かれ目を丁寧に解説します。
どちらが“正解”かは人によって異なりますが、意思決定のための材料をここで提供します。
● 税理士に依頼する場合の相場感とメリット
【相場感】
税理士に確定申告を依頼する場合の費用は、以下のように物件数や業務内容によって幅があります。
内容 | 相場(目安) |
---|---|
不動産所得の確定申告(1〜2物件) | 5万円〜10万円程度 |
複数物件(3物件以上) | 10万円〜20万円程度 |
記帳代行も含めたプラン | 月額1万円〜+決算時追加5万円〜 |
これに加え、顧問契約(月次の経営相談や節税アドバイスなど)を結ぶと、年間20万円〜50万円以上になることもあります。
【メリット】
- 専門家による正確な処理:複雑な税制や減価償却にも対応可能
- 税務調査に対する安心感:万が一の対応を任せられる
- 節税提案が受けられる:所得の分散や法人化の検討など、高度な提案が可能
- 本業に集中できる:帳簿作成・申告作業を手放せることで時間を確保
特に、物件数が増えてきた方や、法人化を視野に入れている方にとっては、税理士の存在は“パートナー”として極めて心強いものになるでしょう。
● 自分でやる場合の時間コストと注意点
では、確定申告を「自力でやる」場合はどうでしょうか?
【主なコスト】
- 時間的コスト:申告書の作成に5〜10時間、帳簿付けに月1〜2時間程度
- 心理的コスト:間違えたらどうしよう…という不安感
- 見落としリスク:本来得られるはずの控除・経費を計上し忘れる可能性
【一方で得られるもの】
- 税務スキルの向上:税制や控除に強くなり、投資判断力が上がる
- 費用の削減:数万円〜十数万円の外注費がゼロに
- 資産管理意識の向上:「お金の流れ」に敏感になり、無駄遣いが減る
- 投資家としての自立:税理士任せにならず、自分の数字を把握できる
特に、「これから数年で物件を増やしていきたい」という初期段階の投資家にとっては、自分でやる経験が後々の判断力やコスト意識に大きな差を生みます。
● 見落としがちな“見えない損失”とは?
税理士費用を節約できたとしても、「自分でやったせいで損をしていた」という事態もゼロではありません。
【見えない損失の例】
- 減価償却の計算ミス:本来10年で経費化できるはずが、期間を間違えて5年で終了してしまう
- 損益通算のタイミングミス:赤字を繰越できる期間を逃してしまう
- 青色申告の手続き漏れ:申請書を出し忘れ、特別控除が受けられなかった
- 按分(あんぶん)処理の誤り:自宅と事業で使う費用の分け方を間違えて経費が否認される
こういった“気づきにくい損失”は、長期的に見れば税理士報酬以上のダメージにつながる可能性もあります。
● 両者を併用する“セミアウトソース型”の選択肢
近年では、「一部だけ自分でやり、要所を税理士に任せる」という“セミアウトソース型”の方法も増えてきています。
【こんな分担が可能】
- 帳簿記帳は自分で、申告書の作成だけ税理士にチェックしてもらう
- 不明点だけスポット相談(税理士相談1時間5,000円〜)
- 法人化を視野に入れるタイミングだけ専門家にプランを見てもらう
また、会計ソフトによっては、提携している税理士とオンラインで連携できる機能もあり、自力でやりながらも「税務のセーフティネット」を張ることが可能です。
● 判断の目安:物件数・所得・性格によって選ぶ
最後に、どちらを選ぶべきかの“判断基準”を整理しておきましょう。
状況 | おすすめの方法 |
---|---|
物件数が1〜2件、収支が単純 | 自分でやるのが合理的 |
物件数が3件以上、収入が増えてきた | 税理士に依頼する方が安全 |
初心者だが学ぶ意欲がある | 最初は自分でやる経験が有益 |
忙しくて時間がない | アウトソースで負担軽減 |
書類作業に苦手意識がある | 会計ソフト+税理士が最適解 |
第8章:実例で見るミス・失敗パターンとその対策
確定申告を「自分でやる」と決めたものの、実務でミスが発覚したときのダメージは意外に大きいものです。
税額が増えるだけでなく、税務署からの問い合わせや調査につながることもあり、精神的な負担も軽くありません。
この章では、実際に起きやすい失敗例を紹介しながら、どうすればそれを回避できるのかを具体的に見ていきましょう。
● 経費の過大計上・ダブル計上
【事例1】
修繕費として15万円の工事を計上したものの、管理会社が同じ費用を共益費から控除済みだったため、実質“二重計上”となっていた。
【事例2】
火災保険料を「経費」として計上したが、生命保険料控除でも申告してしまい“重複控除”の状態に。
【対策】
- 経費支出が「誰によって・いつ・どの口座から」支払われたかを明確に把握する
- 管理会社からの明細を精査し、何が控除済みかを把握
- 保険控除と経費の二重申告を避けるため、証明書類の種類を明確に分けて保管する
● 減価償却の計算ミス(耐用年数・償却率・初年度の月数)
【事例】
中古物件を購入した際に、法定耐用年数を調べずに「なんとなく10年」で減価償却してしまい、税務署から否認された。
中古物件の場合、法定耐用年数の残存期間を加味し、「簡便法」または「実務法」に基づいて耐用年数を再計算しなければなりません。
【対策】
- 国税庁の定める「法定耐用年数表」を確認(例:木造22年、RC47年)
- 中古資産は購入時の築年数に応じて耐用年数を再設定(※簡便法:法定耐用年数 × 20%)
- 初年度は月割り計算が必要なため、購入月・使用開始月を正確に記録する
● 青色申告の特別控除が認められなかったケース
【事例】
青色申告の65万円控除を受ける予定だったが、e-Taxでの申告をしていなかったため、55万円に減額された。
さらに、帳簿の形式が単式簿記だったことから、最終的には10万円しか認められなかった。
【対策】
- 65万円控除を受けるための要件を全て確認
① 複式簿記による帳簿記帳
② 貸借対照表の提出
③ 電子申告(e-Tax)または電子帳簿保存対応 - ソフト選定段階で「要件クリアできる機能があるか」を確認する
- 控除金額の違いと対応表を事前に把握しておく
● 税務署が重点的にチェックする3つのポイント
税務署が調査時に注目する項目は意外と共通しています。以下はその代表例です。
- 収入の過少申告
— 家賃が口座に振り込まれているのに記載がない。入居者と直接契約で申告漏れになりやすい。
(対応:全ての収入口座を洗い出して定期的に照合) - 経費の水増し・私的流用
— 自家用車のガソリン代を経費にしていたが、賃貸業務とは無関係だった。
(対応:利用比率の按分と、使用記録のメモ保存) - 不自然な赤字の継続
— 何年も不動産所得が赤字だと、「実質的に事業ではなく節税目的では?」と判断されることも。
(対応:物件取得の戦略や将来計画を説明できるよう準備しておく)
● 実際の税務調査では何が起きるのか?
【事例】
築古戸建てを複数所有していたオーナーが、修繕費を全額一括で経費計上。税務署から「資本的支出では?」と指摘され、修正申告を求められた。
税務調査では以下のような流れになります。
【税務調査の一般的な流れ】
- 税務署からの「事前連絡」(電話/書面)
- 訪問調査または書面提出による対応
- 帳簿・領収書・契約書類・写真などを用いた説明
- 修正の指摘と追徴課税(必要に応じて)
【事前にできる対策】
- 領収書・帳簿・写真・メモの整備
- ローン資料、管理会社の契約書、収支報告書などの保管
- 明細の記録(「誰に、いつ、何のために」支払ったかを記録)
税務署は「悪意ある脱税」だけを問題視しているわけではなく、「ミスによる過小申告」も対象になります。
そのため、日頃からの記録習慣が“最大の防御策”になるのです。
第9章:次年度以降に備える“申告を超えた戦略”
確定申告は、単なる税金計算の作業ではありません。
言い換えれば、“お金の流れ”を数字で把握し、資産戦略を設計する絶好の機会なのです。
ここでは、「申告が終わったらそれで終了」ではなく、次の一歩としてどんな戦略を立てておくべきかを解説していきます。
● 申告と記帳を効率化する“仕組み化”
確定申告に時間を取られすぎてしまう人の多くは、日々の記帳が後回しになっているケースがほとんどです。
つまり、重要なのは「確定申告をラクにする」のではなく、「日々の管理をラクにする仕組みを作る」ことです。
【仕組み化の実践例】
- 会計ソフトに銀行・クレカを完全連携し、自動で帳簿化
- レシートはその場でスマホ撮影+自動読み取り(OCR)
- 月初に「前月分の記帳&証憑整理タイム」をルーチン化
- 領収書はDropbox/Googleドライブなどクラウドに即保存
このように“面倒なことを仕組みで潰す”ことで、来年以降の申告は圧倒的にラクになります。
また、年度途中でも「現在の収支が黒字か赤字か」が見えるようになるため、修繕や設備投資のタイミング判断にも活かせるようになります。
● 法人成り(法人化)を視野に入れるタイミングと判断軸
不動産投資が順調に拡大していくと、多くの投資家が次に検討するのが「法人化」です。
法人を設立して、物件を法人名義で所有・運営することで、個人とは異なる税制メリットを享受できるようになります。
【法人化を検討すべきタイミング】
- 不動産所得が年間1,000万円を超えるようになった
- 将来的に家族で資産を引き継ぐことを想定している
- 節税(所得分散・退職金制度など)の幅を広げたい
- 信用力を上げ、融資の枠を広げたい
【法人化の主なメリット】
- 所得分散による節税(例:家族を役員にし給与支払い)
- 経費として認められる項目の幅が広がる
- 退職金制度を活用し、将来的な出口戦略を設計できる
- 赤字の繰越が最大10年間可能(個人は3年)
【注意点】
- 設立費用や毎年の法人維持コスト(会計・登記・決算など)
- 社会保険加入義務や法人住民税の最低課税額
- 融資面での信用構築に時間がかかることもある
法人化には“乗り換えのタイミング”がありますので、安易に飛びつくのではなく、個人所得とのバランスを考えた上で検討すべきです。
必要に応じて、税理士や行政書士との相談を通じて判断することが大切です。
● 資産管理法人・不動産保有会社のスキーム比較
法人化にもいくつか種類があり、目的に応じた設計が求められます。
スキーム | 特徴/向いている人 |
---|---|
不動産保有会社 | 法人で物件を取得し、賃貸収入を得る |
管理会社スキーム | 個人で物件保有し、法人で管理委託を受ける |
資産管理法人(合同会社等) | 節税と承継に重点を置く。家族経営に最適 |
いずれのスキームも、「節税」「分散」「承継」「融資戦略」などの視点で違いがあり、目的を明確にして選ぶことが重要です。
● 固定資産税・リフォーム促進税制などの最新制度活用
不動産を所有していると毎年かかるのが「固定資産税」ですが、場合によっては減額措置を受けられることがあります。
【注目すべき制度】
- 住宅用地の特例措置(小規模住宅用地への軽減)
- 耐震・省エネ改修による減額制度(税額の1/3〜2/3軽減)
- 空き家対策の特例除外(放置すると税額6倍)
また、リフォームや大規模修繕を計画している場合には、「バリアフリー改修」「省エネ設備導入」など、一定の条件を満たせば固定資産税・所得税の両面での減税が可能です。
【活用ポイント】
- 改修前に市区町村の窓口や国交省の特設サイトで条件を確認
- 工事前後の写真、施工証明、見積書などを保存
- 所得控除と税額控除、両者の違いと併用可否を事前に確認
これらの制度は“知っている人だけが得をする”典型例であり、申告時だけでなく年中のアンテナ感度が求められます。
● 長期的視点での節税と資産ポートフォリオ戦略
不動産投資で得られる収益が安定してくると、次に考えるべきは「全体としての資産バランス」です。
税制を味方につけながら、次のような資産クラスとの組み合わせも検討する価値があります。
【代表的な組み合わせ例】
- 不動産収益+iDeCoによる老後資金形成(所得控除効果)
- 家族名義NISAによる資産分散(配偶者や子供への移転も視野に)
- 実物資産(ワイン・金・美術品)によるインフレ耐性強化
- 法人を活用した福利厚生(社宅提供、退職金積立など)
「節税」と「リスク分散」は表裏一体です。税負担を軽減する一方で、資産を守り、次世代に引き継ぐ設計までを意識しておくと、投資家としてのステージが一段上がるはずです。
第10章:初心者でも安心して確定申告に取り組むための心得

不動産投資の世界に足を踏み入れたとき、多くの人が感じるのは「確定申告って、なんだか難しそう…」という不安です。
帳簿、減価償却、青色申告、e-Tax…どれも耳慣れない言葉ばかりで、最初は戸惑うのも当然でしょう。
しかし、繰り返しになりますが、確定申告は“税金を納める義務”であると同時に、“資産を守るための技術”でもあります。
この章では、申告を単なる作業で終わらせず、不動産投資を“続けられる力”に変えるためのマインドセットと行動指針をお伝えします。
● 完璧主義を手放し、“続けること”を最優先に
確定申告を自力でやるときに、完璧を目指しすぎて疲れてしまう人がいます。
1円単位で帳尻を合わせようとして、逆に時間を浪費してしまったり、「間違えたらどうしよう…」という恐怖で手が止まったり。
でも、安心してください。
税務署が見ているのは「意図的な虚偽」や「悪質な脱税」であって、初めての申告でミスがあったとしても、すぐにペナルティが課されることは基本的にありません。
大事なのは、「逃げずに向き合い、ミスがあれば学んで改善すること」。
帳簿も申告も、毎年の積み重ねの中で“あなた流のやり方”が自然と出来上がっていきます。
● “わからないこと”は自分だけじゃない
減価償却、専従者給与、事業的規模の判定…。税制はときに非常に複雑です。
初心者が「何を調べたらいいのかすら分からない」状態に陥るのは、むしろ自然なことです。
そんなときは、無理に一人で解決しようとしないことが大切です。
【頼れる情報源の例】
- 国税庁の公式ホームページ(用語説明や様式も充実)
- 会計ソフトのヘルプセンターやユーザーコミュニティ
- SNSやYouTubeの確定申告解説(初学者向けコンテンツ多数)
- 税理士へのスポット相談(1時間5,000円前後でOK)
“質問できる相手を持っておく”だけで、精神的な安心感がまったく違ってきます。
● 自分のお金を、自分で管理できる誇り
確定申告をやってみて、「なんだか難しいけど、少し楽しくなってきた」と感じられたなら、もうあなたは立派な“不動産投資家”です。
不動産所得は、給与所得とは違い、「自分で数字を把握して、戦略的に動かす」ことが求められます。
そこに税務知識が乗れば、節税余地は何倍にも広がり、収益性にも大きな差が生まれてきます。
「自分で自分のお金を動かす力」こそが、金融リテラシーの本質。
その力を高める入り口として、確定申告は最高のトレーニングなのです。
● 小さく始めて、大きく育てる。確定申告は投資家の教科書
確定申告に取り組むことで得られる“学び”は、以下のように無数にあります。
- 会計(収支)=収益管理の基本
- 税務(節税)=キャッシュフローの最適化
- 法制度(青色申告・法人化)=ルールを知って戦う力
- 書類整備・証憑管理=将来の融資交渉や税務調査への備え
こうした経験は、投資規模が大きくなるほど役立つ“知識資産”となります。
つまり確定申告とは、単なる事務作業ではなく、「資産運用を学ぶための教科書」であり、「本気で資産を築きたい人にこそ必要な基礎トレーニング」なのです。
【まとめ】確定申告は、“自分の数字に強くなる”最初の一歩
本記事では、不動産投資における確定申告を自分で行う方法について、全体像から実務手順、注意点、そして戦略までを徹底的に解説してきました。
✅ 確定申告は怖くない。知識と準備で確実に乗り越えられる
✅ 会計ソフトと仕組み化で、時間も手間も圧縮できる
✅ 自分でやることで、節税力・資産管理力が自然と身につく
✅ 申告の先には、法人化・節税・資産承継という未来がある
たとえ最初は時間がかかっても、経験を積むごとに、数字が“読めるように”なっていきます。
それは、将来のあなたにとって、かけがえのない“お金を守る力”となるはずです。
ぜひこの記事をきっかけに、「自分の数字に強い投資家」として、一歩踏み出してみてください。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。