資産運用とは、単なる「お金を増やす」行為ではありません。将来の生活設計や相続対策、節税、そしてリタイア後の人生設計にいたるまで、人生のあらゆる段階で必要とされる“長期戦略”です。だからこそ、その伴走者——つまり「誰に相談するのか」は、資産そのものの成長と同じくらい、いやそれ以上に重要な選択になってきます。
特に、ある程度の資産をすでに保有している方にとっては、投資の「リターン」だけでなく「リスク管理」や「守りの運用」が問われる場面も増えてきます。こうした複雑化するニーズに応えられる存在として注目されるのが、「プライベートバンク」と「証券会社」です。
しかしこの2者、表面的には似たような資産運用サービスを提供しているように見えますが、そのアプローチも体制も本質的に異なります。まさに「どちらを選ぶか」が、あなたの資産運用の未来を大きく左右するのです。
富裕層や準富裕層が注目する“資産管理の質”とは?
国内の金融資産が1億円を超える富裕層は2023年時点で約139万世帯(野村総研調べ)に達し、その多くが投資や運用に関心を持っています。中でも、金融リテラシーの高い層ほど重視しているのが「資産運用の“質”」です。
ここで言う“質”とは、単なる年率○%といったリターン指標ではなく、以下のような観点を含みます。
- 自分のライフステージに合ったアドバイスが受けられるか
- 相続や税制に対する包括的なコンサルティングがあるか
- 提案が“売るためのもの”ではなく“守るため”でもあるか
こうした視点で見ると、単に証券口座を開いて株式を買うといった行動では十分とは言えません。だからこそ、多くの富裕層が、よりきめ細かく、戦略的なアドバイスを提供してくれる「パートナー」の存在に価値を見出し始めているのです。
第1章:プライベートバンクとは何か?

起源と歴史:ヨーロッパ貴族から現代のグローバル富裕層へ
プライベートバンク(PB)の起源は、16世紀スイスやイギリスの銀行にまでさかのぼります。当時は貴族や商人が資産の保全・相続・管理のために秘密性の高いサービスを求め、これに応える形でPBが誕生しました。
その後、PBは世界中の富裕層に広がり、現代ではスイスのUBS、シンガポールのDBS、そして欧州や香港の大手金融機関などがPB部門を持つことで知られています。特徴は「クローズドなサービス」であり、顧客の信頼と個別性を重んじた対応を前提としています。
提供されるサービスの全体像:資産保全、相続、節税、投資戦略
プライベートバンクが提供するサービスは実に多岐にわたります。一般的には以下の領域がカバーされます。
- 資産運用の戦略立案:国内外の株式、債券、不動産、オルタナティブ投資への分散投資設計
- 相続・事業承継コンサルティング:遺産分割や贈与の最適化支援
- タックスプランニング:国内外税制を考慮した節税対策
- 資産保全:リスク低減や法的保護を組み込んだ資産維持策
- グローバルネットワーク活用:海外移住や外貨運用、非居住者口座など
その性質上、PBの利用には最低でも5,000万円~1億円以上の運用資産が求められるケースが多いですが、近年ではそのハードルも一部緩和されつつあります。
日本におけるプライベートバンクの実態とハードル
国内では、三井住友信託銀行や野村證券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券などがPB部門を展開しています。ただし、欧米のPBと比較すると、依然として“販売商品中心”のアプローチが残っており、本質的なコンサルティング機能が十分でないとの指摘もあります。
また、富裕層であっても「敷居が高い」「相談先が限られている」「外資PBは語学や税制の壁がある」といった心理的・制度的ハードルを感じる方も少なくありません。これらを乗り越えた先に、ようやくPB本来の恩恵が見えてくると言えるでしょう。
第2章:証券会社の機能と役割とは?

一般的な証券会社と総合証券の違い
証券会社とは、株式や債券、投資信託などの有価証券を取り扱い、投資家と金融市場をつなぐ“仲介役”です。一方で総合証券とは、販売だけでなく、運用コンサルティング、IPO引受、企業向けM&A助言など、より広範囲な金融サービスを提供する企業を指します。
楽天証券やSBI証券のようなネット証券と、野村證券や大和証券のような総合証券では、投資家に提供されるサービスの深度も大きく異なります。
どこまでがアドバイスでどこからが販売なのか?
証券会社では「金融商品の販売」が基本的なビジネスモデルです。そのため、担当者の提案には“販売インセンティブ”が内在するケースも多く、純粋なアドバイザリーとは一線を画すこともあります。
ここで重要なのは「提案の透明性」です。たとえば手数料構造や報酬体系が明確でないと、顧客本位とは言えません。そのため近年では、“フィー型(報酬型)”のアドバイスモデルを導入する証券会社も増えてきました。
証券会社が提供するサービスの強みと制限
証券会社の最大の強みは、「商品へのアクセス力」です。上場株式や新興企業のIPO、仕組み債など、取扱商品の幅広さはPB以上といっても過言ではありません。
一方で、税務や相続に関するコンサルティングが限定的だったり、顧客数が多いために個別対応が難しかったりする点は、PBとの大きな違いとなります。
第3章:両者のサービスを徹底比較!具体的な違いを見える化

比較表:プライベートバンク vs 証券会社(手数料・提案力・守秘性など)
プライベートバンクと証券会社の違いを、まずは一目で把握できるよう、以下に主な比較項目をまとめました。
項目 | プライベートバンク(PB) | 証券会社 |
---|---|---|
主な顧客層 | 富裕層(資産1億円以上が目安) | 幅広い層(中間層〜富裕層) |
提案スタイル | 顧客ごとのオーダーメイド | 担当者ごとにバラつきあり |
商品の独立性 | バイサイド(顧客利益重視)中心 | セールスサイド(販売商品ありき)も多い |
提供サービスの範囲 | 税務、相続、法人対応まで包括的 | 主に投資商品の販売 |
守秘性・信頼性 | 高い(専任担当・少人数体制) | 中~低(支店・担当者のローテあり) |
費用体系 | フィー型(資産に応じた報酬) | 手数料型が主流(売買・信託報酬) |
利用ハードル | 高い(最低資産基準あり) | 低い(口座開設無料のネット証券も) |
このように、両者はサービスの構造やビジネスモデル自体が根本的に異なります。特に「どこに収益源があるか」に注目すると、その提案姿勢の違いが見えてきます。
PBは“資産を長期にわたり維持・成長させる”ことがミッションであるため、売買を急がせることはまずありません。一方で証券会社は売買や商品の販売による手数料ビジネスが主軸となっているため、短期的な売買提案が多くなる傾向があります。
資産額別にみる「使い分け戦略」
すべての人がPBを使うべきかというと、必ずしもそうではありません。むしろ、資産規模や目的に応じて適切に“使い分ける”ことが重要です。
たとえば資産が3,000万円未満の方であれば、証券会社やIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)の活用で十分にカバー可能です。なぜなら、この層では「資産を増やすフェーズ」であり、手数料コストや商品へのアクセス性が重視されるからです。
一方、資産が5,000万円を超えてくると「資産を守る」「承継を考える」段階に入り、PBの包括的なアプローチが有効になります。税制の変化や相続問題にも対応できる体制を持つPBは、単なる“商品提供”ではなく“戦略提案”に強みがあります。
また、最近では「ハイブリッド型」も増えており、PBを中核に置きながら、ネット証券で短期トレードを行うような併用スタイルも実践されています。
どちらが「本当に顧客本位」かを見極める視点とは
ここで一つ、重要な問いがあります。それは「本当に顧客本位なのはどちらか?」という視点です。
表面的な商品や手数料に目を奪われがちですが、長期的な資産形成において本当に大切なのは、「中立性」と「継続的な伴走力」です。
- 担当者が変わらないか(長期視点を共有できるか)
- 手数料体系が明瞭か(顧客の利益と一致しているか)
- 自社商品の販売ノルマに縛られていないか
これらを基準にサービスを評価することで、より「自分に合った資産運用パートナー」を見つけることができます。
特に日本では、まだまだ「相談できる相手がいない」という声も多い中、選ぶ側の知識と判断力が問われる時代に突入しています。情報武装こそが、最大の資産防衛策となるのです。
第4章:実際の活用シナリオで考える「あなたに向いているのはどっち?」

サービスの違いやメリット・デメリットを理解しても、「実際に自分にはどちらが合っているのか?」という疑問を持つ方は多いはずです。ここでは具体的な人物像をもとに、PBと証券会社のどちらがより適しているのかを検証してみましょう。
事例①:40代・会社員・資産5,000万円の場合
この層は、住宅ローンや子どもの教育費などがピークを迎える一方、資産形成も本格化してくる時期です。
適した選択肢:証券会社(+一部PB相談)
証券会社では、投資信託や国内株式、NISA・iDeCoを活用した積立運用などに強みがあり、手数料コントロールもしやすい環境が整っています。一方で、退職金や相続を見据えた相談をするにはPBとの接点を作っておくのも一つの手段です。最近では、最低預け入れ資産が柔軟なPBも登場しており、「将来に向けた準備段階」として活用するのも賢い選択です。
事例②:50代・経営者・資産1億円以上の場合
自社株の評価や事業承継問題、相続対策などが具体的な課題として浮かび上がってくる層です。
適した選択肢:プライベートバンク
PBは税理士や弁護士と連携し、包括的な財産管理サービスを提供します。特に法人を絡めた資産運用や、持株会社を利用した相続プランの構築などは、PBの得意分野。証券会社では提供が難しいクロスボーダーなサービスにも対応できる点が魅力です。
また、資産の一部を家族名義で分散保有しつつ、オフショア口座での運用を図るような戦略も提案可能です。
事例③:リタイア目前・安定重視派の戦略
60代前後でリタイアを目前に控え、運用よりも“守り”を意識する層です。生活資金の確保と資産の目減り防止が最大の関心事となります。
適した選択肢:プライベートバンク(またはIFA+証券会社)
PBでは、ポートフォリオのボラティリティ(変動幅)を抑えつつも、インフレヘッジや為替対策を含めた戦略が得意です。また、相続・贈与の設計を含めた“終活的”なサポートも受けられるため、「不安のない引退生活」を実現するには適した選択肢です。
一方で、独立系ファイナンシャルアドバイザー(IFA)を経由して証券会社を使うハイブリッド方式も有効で、一定の中立性を保ちながら低コスト運用を図ることもできます。
第5章:海外では当たり前?プライベートバンク文化の違い

スイスやシンガポールにおけるPB活用の実例
世界の富裕層が集うスイスとシンガポールでは、プライベートバンク(PB)は資産保全の中核を担う存在として根付いています。例えばスイスのUBSやクレディ・スイスは、世界最大級のPB機関として知られ、顧客資産を安全かつ非公開で管理することで評価を高めてきました。
一方、アジアの金融ハブであるシンガポールは、富裕層移住者の受け入れ先として急成長し、DBSやOCBCなどの地場PBが外資に劣らぬ高品質なサービスを展開しています。特に、家族信託(ファミリー・オフィス)や国際税制を前提にした提案が盛んで、資産のグローバル分散に積極的な文化が浸透しています。
日本人が知らない“資産防衛”の世界標準とは
日本国内ではPBといえば一部の超富裕層が使う特別なサービスという印象が残っていますが、海外では“資産を守るための常識”として幅広く活用されています。以下のような意識の差が顕著です。
- 日本:資産運用=投資商品を買う
- 海外:資産運用=包括的な資産防衛と成長戦略
つまり、海外のPB文化では、投資は“手段”であり、“目的”は家族の財産を何世代にもわたって守り続けること。そのため、単年のパフォーマンスではなく、30年先を見据えた設計が求められるのです。
こうした文化を知ることで、日本の読者にとっても「PBの使い道」が単なる贅沢ではなく、むしろ賢明なリスク管理の一環であると理解できるのではないでしょうか。
第6章:プライベートバンクのリスクと誤解

実は向いていないケースとは?
PBは万能ではありません。むしろ以下のようなケースでは、PBが最適解でないこともあります。
- 投資に主体性を持ちたい方:PBは基本的に“お任せ型”です。自分で銘柄を選び、運用したいというニーズには不向きです。
- 頻繁に売買したい方:PBは長期戦略型のため、デイトレード的な売買には対応していないことがほとんどです。
- 運用額が少ない方:最低預け入れ金額(5,000万円〜)に届かない場合、サービス自体の利用が難しい場合があります。
このように、PBは“資産全体のマネジメント”を求める方向けのものであり、投資スタイルや目的によっては別の選択肢の方が有効です。
「富裕層しか無理」は誤解?PBの多様化と柔軟性
近年では、PBのサービスにも変化が現れています。一部の外資PBや国内大手では、「1,000万円程度の預け入れ」からサービス提供を始める「ライトPB」的な部門を立ち上げています。
また、PBに匹敵するサービスを提供するIFA(独立系フィナンシャルアドバイザー)や、銀行・信託とのハイブリッド型サービスも登場しており、準富裕層でも“PB的アドバイス”を受けられる時代になってきました。
第7章:証券会社でも高度な資産運用はできるのか?

特定の証券会社に存在する“富裕層部門”の実力
証券会社にも、富裕層向けに特化した「プライベートウェルス部門」や「プライベートアドバイザー部門」を持つところがあります。代表例としては以下の通りです。
- 野村證券「プライベート・ウェルス・パートナー部門」
- 大和証券「プレミアム戦略部」
- 三菱UFJモルガン・スタンレー証券「ウェルスマネジメント部門」
これらの部門では、相続・事業承継の支援、グローバル資産分散、企業オーナー向けのM&A提案など、PBに近いレベルのサービスを展開しています。ただし、提供内容や担当者の専門性には“ばらつき”があり、品質の見極めが求められます。
FA(フィナンシャル・アドバイザー)制度の進化と限界
近年では、IFA(独立系FA)も注目されています。証券会社に属さず、中立的な立場から商品提案を行うため、“顧客本位”が期待できる存在です。
しかしながら、IFAにも課題があります。独立性が高い一方で、「どの金融機関と提携しているか」「報酬体系がどうなっているか」によって提案内容が偏ることも。また、税務や法務まで一気通貫で提供できる体制を持つIFAはまだ少数です。
そのため、IFAを選ぶ際には、金融商品だけでなく「人として信頼できるか」「どこまで寄り添ってくれるか」という点を重視する必要があります。
第8章:最適なパートナー選びのチェックポイント

相談前に準備すべき「あなたの資産運用の目的」
資産運用において“最適なパートナー”を選ぶ前に、自分自身の「目的」と「優先順位」を明確にすることが何より大切です。以下のような問いを自分に投げかけてみてください。
- 資産を“増やす”のが目的か、“守る”のが目的か?
- 相続や事業承継を意識しているか?
- 国内資産のみか、海外にも分散したいか?
- 自分で積極的に投資判断をしたいか、任せたいか?
これらの答えによって、PBが向いているのか、証券会社なのか、あるいはIFAとのハイブリッドが最適なのかが見えてきます。重要なのは、「相手に合わせる」のではなく、「自分に最もフィットする」スタイルを探すという視点です。
見るべきは“商品”より“人”と“方針”
どの金融機関を選ぶにしても、最終的な満足度を左右するのは「誰が担当するか」です。どんなに立派なサービスでも、担当者が頻繁に変わったり、コミュニケーションが一方通行であれば意味がありません。
加えて、注目すべきなのは「会社の方針」です。企業文化として“顧客本位”を掲げていても、実態は営業ノルマ優先であることも珍しくないからです。提案内容、報酬体系、説明責任の取り方などから「本気であなたの未来を考えてくれているか」を見抜く目が求められます。
最後は「信頼できるかどうか」が決め手に
資産運用は“長期的な関係性”が前提です。一時のリターンではなく、10年、20年と付き合える“信頼”を築けるかが最大のカギ。そのため、パートナー選びには“相性”や“感覚的な信頼”も非常に大切です。
担当者との初回面談では、あえて細かい商品ではなく、どんな人生観を持っているか、資産運用をどう捉えているかなど、人としての哲学に触れてみるとよいでしょう。
まとめ:知識武装こそが最大のリスクヘッジ

これまで見てきたように、「プライベートバンク」と「証券会社」は、同じように資産運用をサポートする存在でありながら、サービスの質、目的、提案の方向性に大きな違いがあります。そしてどちらが優れているというよりも、「どちらが“あなたにとって今、最適か”」という問いに答えることが、最も大切なのです。
その判断を誤らないために必要なのは、「知識」と「問いを立てる力」です。誰かに丸投げするのではなく、自分の判断軸を持つことで、初めて本当の意味での“お金の自由”が手に入ります。
資産を増やすことも守ることも大切です。しかしそれ以上に、「誰と一緒に資産を動かすのか」「どんな考えのもとに運用していくのか」を丁寧に選ぶこと。そこに、あなたの人生の豊かさがかかっているのではないでしょうか。
そして、忘れないでください。プライベートバンクでも証券会社でも、主役はあくまで「あなた自身」です。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。