2020年から世界を覆った新型コロナウイルスの影響により、ホテル業界は歴史的な苦境に立たされました。稼働率の急減、インバウンド消失、イベント中止、旅行控え…。多くの宿泊施設が営業を停止し、投資家の間でも「ホテル投資は危ない」という印象が強く根づいた時期が続きました。
しかし、その流れが大きく変わったのが2023年。日本政府観光局(JNTO)によれば、訪日外国人旅行者数は前年比2倍超となる2,500万人を超え、2024年にはコロナ前水準に肉薄する勢いを見せています。2025年に入り、地方都市へのインバウンド回帰も顕著となり、観光立国としての日本が再び世界の注目を集めているのです。
こうした「需要の復活」を背景に、ホテル投資は再び脚光を浴び始めました。特に富裕層の投資家は、物件の買い時と見て積極的に動き出しています。
富裕層がホテル投資に注目する理由
このようなタイミングで富裕層が注目する理由は、単なる投資リターンの追求にとどまりません。
まず、インフレが進む今、現金や債券といった従来の保守的な資産では購買力が維持できないという課題があります。ホテルという「実物資産」は、物価の上昇とともに価格やサービス単価の引き上げが可能なため、インフレ耐性の高い資産として位置づけられています。
加えて、ホテル投資には相続や節税の観点からも強いメリットがあります。不動産評価額を圧縮しやすく、減価償却によって所得税を軽減できるため、「節税戦略の一環」として導入するケースも少なくありません。
さらに、「社会的な意義」が投資の決め手になる場面も増えています。地方の観光地に投資することで地域再生に貢献できる、環境配慮型ホテルを選ぶことでESG投資に資するなど、単なる利回り以上の“意義ある資産運用”が可能になっているのです。
第1章:ホテル投資の基本——仕組みと収益構造を理解する

ホテル投資とは何か?
ホテル投資とは、宿泊施設を所有または運用することで、その施設から得られる宿泊料やサービス料を収益源とする投資手法です。一般的な賃貸不動産と異なり、宿泊単価や稼働率によって収益が大きく変動する「事業性不動産」の一種とされています。
つまり、空室が続けば利益はゼロに近づき、繁忙期には一気に収益が上がるという、ダイナミックな収益構造を持っている点が大きな特徴です。
収益構造の基本(ADR、稼働率、RevPAR)
ホテル投資において、収益の要となる指標は以下の3つです。
- ADR(Average Daily Rate/平均客室単価):1部屋あたりの平均宿泊料金。宿泊料金をどれだけ高く設定できるかが問われます。
- 稼働率(Occupancy Rate):提供できる客室のうち、どれだけが実際に利用されたかを示す割合。高い稼働率は安定的な収益の源泉です。
- RevPAR(Revenue per Available Room):販売可能な全室から得られる平均収益(ADR × 稼働率)。ホテル全体の営業力を評価する指標として重視されます。
この3つを意識して投資判断を行うことが、ホテル投資成功の第一歩といえるでしょう。
運用形態の違い(直営、運営委託、リース)
ホテル運営の形式は主に以下の3種類に分類されます。
- 直営型
投資家自身がホテルを経営。自由度は高いが、専門知識や運営体制が求められる。 - 運営委託型(マネジメント契約)
運営のプロであるホテルオペレーターに管理を委ねる方式。収益は成果報酬型となるケースが多い。 - リース型(固定賃料契約)
ホテルを運営会社に貸し出し、一定の賃料を受け取る。収益の安定性はあるが上振れは期待しにくい。
初心者の場合は、まず運営委託型かリース型から始め、業界への理解を深めていくのが無理のない選択肢です。
第2章:2025年のホテル投資市場の最新動向

市場規模の拡大とインバウンド需要の影響
日本政策投資銀行(DBJ)によると、2025年の日本国内の宿泊施設市場規模は約3.4兆円に達する見通しで、これはコロナ前の2019年比で105〜110%程度に回復した水準です。特に東京・大阪・京都といった都市圏では、観光需要の高まりと再開発の進展により、ホテル用地の競争が激化しています。
また、LCCの再拡大や観光ビザの緩和といった政策要因も、インバウンドの追い風となっており、特に中華圏、東南アジア圏からの訪日客の増加が著しい傾向にあります。
地方都市への投資拡大とその背景
東京や大阪といった大都市圏だけでなく、地方都市へのホテル投資も加速しています。その背景には、次のようなトレンドが存在します。
- 地方へのインバウンド誘致政策(観光庁主導の地域連携プロジェクトなど)
- 地元自治体の補助金制度や優遇税制
- 古民家や歴史建造物を活用した“体験型宿泊施設”へのニーズの高まり
特に、富裕層をターゲットとした高単価なリゾートホテルやブティックホテルへの関心が高く、単なる宿泊だけでなく「ライフスタイル提案型の投資」としての可能性も広がっています。
ESG・ウェルネス型ホテルの台頭
2025年現在、「サステナブルなホテル運営」はもはやトレンドではなく“標準”になりつつあります。
- 再生可能エネルギーを導入したゼロエミッション型ホテル
- 地産地消・健康志向に特化したウェルネスリゾート
- サステナビリティ認証(LEED、BELSなど)取得済み物件
こうしたESG視点を持つホテルは、利用者だけでなく投資家からの評価も高まり、資産価値としても安定性が増しています。富裕層が「社会的責任と資産形成を両立する手段」としてホテル投資に目を向ける背景にも、こうした要素が色濃く影響しています。
第3章:富裕層がホテル投資に注目する理由

非連動資産としての魅力
株式や債券などの金融資産は、市場全体の動向に左右されやすく、世界的な経済不安や金利の変動などによって価値が大きく変動するリスクがあります。一方でホテル投資は、宿泊需要という実需に基づく収益構造を持つため、金融市場と直接連動しにくいという特性を備えています。
これは「非連動資産(ノンコリレーテッドアセット)」としての位置づけを意味し、ポートフォリオ全体のリスク分散に寄与する重要な役割を果たします。特に資産を多く持つ富裕層にとって、価格の上下動が激しいリスク資産ばかりに依存することは避けたい心理が働くため、このような実物資産への関心が高まっているのです。
インフレ局面での強み
近年の世界的なインフレ傾向は、日本においても確実に浸透してきています。物価が上昇する環境下では、現金や低金利資産の実質価値が目減りする一方で、価格転嫁が可能な資産——たとえばホテルのようにサービス価格を引き上げることで収益を維持できるビジネス——が評価されやすくなります。
ホテルは、需要の高まりに応じて宿泊料金(ADR)を柔軟に変更できる特徴があるため、物価上昇局面においても利益率を保ちやすく、インフレヘッジとしての効果を期待できます。
相続・節税との親和性
不動産投資が富裕層の間で人気の理由の一つに、「相続税評価額の圧縮効果」があります。特にホテルのような事業用資産は、路線価や固定資産税評価額をベースに評価されるため、市場価格よりも低く算出されやすい傾向があります。
また、建物部分については減価償却が可能なため、一定期間にわたって課税所得を圧縮し、所得税や法人税を節税することも可能です。
加えて、ホテルという資産は、保有しながら「家族信託」や「法人化スキーム」を活用した承継プランにも組み込みやすく、長期的な資産管理の観点からも高い柔軟性を持っています。
第4章:ホテル投資のリスクとその対策

人手不足や運営コストの増加
ホテル業界の構造的課題の一つが「人材確保」です。特に地方ではサービス業に従事する若年層が減少しており、慢性的な人手不足が深刻化しています。
また、人件費や光熱費の高騰により、ホテルの運営コストは上昇傾向にあります。これに対応するには、以下のような対策が考えられます。
- 業務のIT化・自動化(チェックイン機の導入など)
- 省エネ設備の導入による光熱費の削減
- 外注や委託運営でのスリム化
規制強化の動きとその影響
観光立国を標榜する日本ではありますが、地域ごとにホテル業に対する規制や制限も存在します。特に、民泊規制や用途地域に関する法令改正の影響は小さくありません。
したがって、投資を検討する際は、物件の用途地域の確認、営業許可の取得可能性、消防法や建築基準法などの遵守状況など、事前の法令チェックが不可欠です。
リスクヘッジの方法
これらのリスクに備えるには、単に高利回りを追うのではなく、リスクを可視化し、下記のような備えを持つことが重要です。
- 運営委託契約で収益変動リスクを分散
- 立地と需要動向に基づく堅実な選定
- 事業計画に「稼働率低下」シナリオを織り込む
安定したホテル投資の鍵は、“過剰な期待を抱かずに堅実に設計する”という姿勢にあります。
第5章:ホテル投資を始めるためのステップ

投資先の選定ポイント
ホテル投資を成功させるうえで、最も重要なのは「立地と需要のマッチング」です。たとえ美しい施設であっても、需要の少ないエリアでは稼働率が上がらず、思うような収益を得ることは難しいでしょう。
具体的には以下の要素を確認しましょう:
- 観光地としての集客力(年間宿泊者数、観光資源の豊富さ)
- 周辺施設やアクセス性(交通インフラ、飲食店や商業施設の有無)
- 競合施設の状況(同エリアの供給過多か否か)
加えて、「コロナ後の回復スピード」や「地方創生と連動した開発計画」があるエリアは、今後の成長余地も大きいため注目に値します。
資金調達とファイナンスの基礎
不動産投資と同様に、ホテル投資でも自己資金だけでなく融資を活用するケースが一般的です。ただし、ホテルは一般住宅に比べて融資審査が厳しくなる傾向があるため、以下の点に注意が必要です。
- 金融機関の方針(商業用不動産への融資方針)
- 自己資金比率の目安(30〜50%を求められる場合も)
- 返済計画の保守性(稼働率変動や季節要因を踏まえた計画)
ファイナンスの選定には、ホテル業に理解のある金融機関や、不動産投資専門のファイナンシャルプランナーの協力が不可欠です。
専門家の活用と情報収集の重要性
初心者が単独でホテル投資に挑むのは、リスクが高いのが実情です。ホテル業界は非常に専門性が高く、投資判断にも専門的な知見が求められます。
そこで、以下のような専門家との連携を検討しましょう:
- ホテル運営会社(オペレーター)
- 不動産コンサルタント
- 税理士・会計士(減価償却や相続対策の相談)
- 投資経験者とのネットワーク構築
加えて、最新のインバウンド統計や自治体の開発動向、宿泊関連の法改正情報など、日常的な情報収集の習慣も、成功への鍵となります。
まとめ:2025年、ホテル投資は新たなステージへ

2025年現在、ホテル投資は「単なる資産運用」を超えたフェーズに突入しています。世界的な観光需要の回復と、日本の観光立国政策の追い風を受けて、国内外の投資家が再びこの市場に戻ってきているのは、まぎれもない事実です。
富裕層にとっては、インフレ対策や相続対策としての実益に加え、「社会的意義を伴う資産形成」という新たな価値もホテル投資に見出されています。
一方で、ホテル投資には独自のリスクや複雑性があるため、初心者が安易に飛び込むのではなく、基本からしっかり学び、専門家と連携しながら堅実に歩むことが求められます。
本記事が、その第一歩となる情報の入口となれば幸いです。ホテル投資は、正しく学び、堅実に実行すれば、経済的な利益と社会貢献の両方を叶える“次世代の資産運用”となる可能性を秘めています。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。