最近、ある種の資産家たちの間で、再び注目を集めている投資ジャンルがあります。それが「ホテル投資」です。一見ニッチで専門的に思えるこの分野ですが、実は今、静かなブームが到来しているのです。
特に2023年以降、日本を訪れる外国人観光客(いわゆるインバウンド)が急速に回復しつつあります。日本政府観光局(JNTO)のデータによると、2023年の訪日外国人旅行者数は約2,500万人を超え、コロナ前の水準に限りなく近づいてきました。これに伴い、都市部だけでなく地方都市の宿泊需要も拡大。ホテル業界は明るい兆しを見せており、これが投資家の関心を呼び戻しているのです。
そして、この波に乗るのが、一定以上の資産を有する富裕層。彼らにとってホテル投資は、単なる不動産収益の手段ではなく、「ブランド」「社会貢献」「自身のライフスタイルの延長」といった価値観ともリンクした選択肢になりつつあります。
とはいえ、ホテル投資には特有の仕組みやリスクも存在します。本稿では、その全貌を初歩から丁寧に解き明かしていきます。
第1章:ホテル投資とは?——基本の「き」から理解する

ホテル投資の仕組みと収益構造
ホテル投資とは、読んで字のごとく、宿泊施設としてのホテルに対して資金を投じ、そこから収益を得る投資方法です。主な収入源は「宿泊料金」および「関連サービス収入(飲食、レンタルスペースなど)」です。
たとえば、あるホテルの客室稼働率が70%、1泊あたりの平均客室単価が15,000円とした場合、100室規模のホテルでは1日で約105万円の売上が発生します。ここから運営費や人件費を差し引いた残りが、オーナーの利益となります。
この「運営に関わらず収益を受け取る」モデルは、物件の規模や立地、オペレーターの手腕によってリターンが大きく異なります。そのため、事前の分析力や信頼できるパートナー選びが極めて重要になるのです。
他の不動産投資(賃貸住宅・商業施設)との違い
ホテル投資は、アパートやマンション投資とは性格が異なります。一般的な賃貸物件では、毎月決まった家賃収入が入る「ストック型」の収益モデルですが、ホテルは日々の宿泊者数に応じて売上が変動する「フロー型」のビジネスです。
これにより、景気の影響や観光動向に対して敏感に反応しますが、繁忙期には大きな利益を得られるというメリットもあります。
また、ホテル投資は「事業性不動産」として扱われることが多く、収益性に応じて不動産価値が評価されるため、一般的な土地建物の値上がり益(キャピタルゲイン)よりも、収益ベースでの運用が重視されます。
運用形態(直営・運営委託・リースなど)の解説
ホテル投資には大きく分けて3つの運用方式があります。
- 直営(セルフマネジメント)型:投資家自身がホテルを運営する形態。収益のコントロールが効く一方で、専門知識と時間が求められます。
- 運営委託(マネジメント契約)型:ホテル運営の専門会社に委託する方式。収益はオペレーターとの契約内容(定率報酬、業績連動報酬など)によって配分されます。
- リース(固定賃料)型:ホテルを運営会社に貸し出し、毎月一定の賃料を受け取るモデル。安定収入を得やすい反面、運営の改善余地や収益拡大の余地は小さくなります。
どのモデルを選ぶかは、投資家の知識、リスク許容度、収益目標によって異なります。
第2章:なぜ今、富裕層がホテル投資に注目しているのか

富裕層が求める「非連動資産」としての魅力
株式市場や債券市場の変動に左右されない「オルタナティブ投資」として、不動産は昔から人気ですが、その中でもホテル投資は特に「経済情勢と一線を画す収益源」として捉えられています。
たとえば、ある富裕層の投資家が、株式のポートフォリオに加えて、地方の温泉ホテルを保有しているケース。市場が不安定でも観光需要があれば収益が見込めるため、リスク分散として効果的です。
物価上昇(インフレ)局面での強み
ホテル料金は柔軟に価格調整が可能であり、物価上昇時には宿泊料金もそれに応じて上昇させることができる点が大きな強みです。
これは、例えば賃貸物件のように契約期間が固定されていて家賃をすぐには変えられない投資と比べて、大きなアドバンテージとなります。特に今のように物価がじわじわと上がる局面では、ホテル事業がその影響を「プラス」に転じやすいのです。
相続・節税との親和性の高さ
ホテルは「収益不動産」として評価されるため、相続税の課税評価額が実勢価格よりも低く抑えられることが多いのが特徴です。
また、不動産投資に付随する減価償却費を活用することで、所得税の節税効果も期待できます。加えて、ホテル経営を法人化することで、所得分散や法人税率の活用といった戦略も可能です。
こうした「攻め」と「守り」を両立できる資産として、ホテル投資は富裕層の資産戦略にフィットしているのです。
第3章:最新トレンドを読み解く——エリア別・タイプ別の投資動向

都市型 vs リゾート型ホテルの比較
ホテル投資とひと口に言っても、その形態はさまざまです。大きく分けると、ビジネスパーソンや観光客を主な顧客とする「都市型ホテル」と、観光地やリゾート地に立地する「リゾート型ホテル」があります。
都市型ホテルは、ビジネス需要と観光需要の両方を取り込めるのが特徴です。特に東京・大阪・福岡といった大都市圏では、国内外の移動が活発になるほど宿泊ニーズが高まり、安定した稼働率が見込めます。一方で、土地価格や建設コストも高いため、初期投資額は大きくなる傾向があります。
一方、リゾート型ホテルは、北海道や沖縄、伊豆、軽井沢など、観光地に集中しています。季節や地域によって集客に波がある反面、繁忙期の客単価が高く設定できること、長期滞在型の宿泊者を見込める点などがメリットです。自然環境や地域資源といった「地域固有の魅力」を活かせる点も、ブランディングや差別化の余地があります。
インバウンド再開と地方再生:地方ホテル投資の意外なポテンシャル
2023年以降、インバウンド(訪日外国人観光客)の本格的な再開により、都市部に限らず地方への宿泊需要も急速に高まっています。観光庁が発表したデータでは、外国人旅行者の4人に1人が「地方での体験」を重視しているとの結果もあり、地域資源を活かした宿泊施設が注目されています。
とりわけ、文化財を活用したホテルや古民家リノベーション型宿泊施設といった「体験重視型ホテル」への関心が高まっており、こうした案件は都心部のような激しい競争にさらされることなく、安定した集客が可能です。地方創生との相乗効果を見込める点も、社会貢献意識の高い富裕層に響いています。
ラグジュアリーホテルとブティックホテルの台頭
最近のトレンドとして、「ラグジュアリーホテル」「ブティックホテル」への投資が増えています。
ラグジュアリーホテルは、外資系ハイブランドを含む高価格帯の宿泊施設で、富裕層やハイクラスな顧客層をターゲットにしています。特にアジアからの富裕層旅行者に人気があり、日本国内の高級リゾート地や都心部に多く進出しています。
一方、ブティックホテルは小規模ながらもデザイン性やコンセプトに富んだ施設で、「非日常性」や「独自性」を重視する旅行者に支持されています。オーナーの世界観を反映できるため、自らの趣味や美意識を投資に取り入れたい富裕層に人気です。
第4章:ホテル投資のメリットとリスク——両面から正しく理解する

キャッシュフローと利回りの具体例
ホテル投資の大きな魅力の一つが、キャッシュフローの強さです。例えば、地方都市にある中規模ホテル(60室)で、年間平均稼働率が65%、平均宿泊単価が1万2,000円と仮定すると、年間売上はおよそ2億8,470万円。ここから人件費、光熱費、修繕費、税金などの経費を差し引いても、利回り8〜10%程度が実現する可能性もあります。
もちろん、地域やホテルの規模・グレードにより数字は変わりますが、うまく運営すれば、他の不動産投資よりも高収益が見込める点は無視できません。
市況に左右されやすいリスクとは?
一方で、ホテル投資には市況の影響を受けやすいというリスクもあります。特に観光業は「外部環境」に大きく依存するため、天候不順や感染症流行、国際情勢の変化などで宿泊需要が激減する可能性があります。
実際、2020年のコロナ禍では稼働率が30%未満に落ち込んだホテルも多く、収益性の高さと裏腹に、想定外のダウンサイドリスクも抱えていることは押さえておく必要があります。
自然災害・パンデミック時の対応策
リスクを軽減するためには、保険の活用や収益の多角化(レストラン、イベントスペース、ワーケーション施設の併設など)が重要です。また、オペレーションの自動化・省人化も、収益変動時の柔軟な対応力を高める施策として注目されています。
リスクがあるからこそ、事前の「備え」が利益の安定性を左右します。特に、経験豊富な運営会社とタッグを組むことで、突発的なトラブルへの対応力を高めることが可能です。
第5章:投資成功のカギ——富裕層が実践するホテル投資戦略

目利き力とエリア選定
ホテル投資の成否は、ほぼ立地とエリアの選定で決まると言っても過言ではありません。成功している富裕層投資家は、観光資源だけでなく「人口動態」「交通インフラ」「イベント・行事の年間スケジュール」なども丹念に調査したうえで、エリアを絞り込んでいます。
例えば、近年注目されているのは「再開発エリア」や「大規模イベント予定地」周辺。これらの地域は将来性が高く、稼働率の上昇が期待できます。
オペレーター選びと運用体制の構築
ホテルは「運営力がすべて」と言っても過言ではありません。ホテル自体の魅力があっても、運営が稚拙であればリピーターはつきません。
そのため、ホテル専門の運営会社(オペレーター)選びは極めて重要です。実績、マーケティング力、スタッフ教育体制、財務健全性など、複数の観点から比較・検討する必要があります。また、オーナーとオペレーターの連携体制を構築することが、安定運用のカギとなります。
分散投資と出口戦略
富裕層は「一点集中投資」を避け、複数の地域・タイプに分散投資する傾向があります。例えば、都心のビジネスホテル、地方の温泉旅館、海外のリゾートホテルなど、それぞれ異なるリスクと収益モデルを組み合わせることで、全体の安定性を高めています。
さらに、ホテル投資には「売却」という出口戦略も存在します。収益が安定した段階で、REITや他の投資家へ売却することでキャピタルゲインを得るという手法です。購入時点から出口までの道筋を描いておくことが、最終的な成功を左右します。
第6章:初心者でもわかるホテル投資の始め方

投資資金の目安と参入ハードル
ホテル投資と聞くと、「数億円単位の大金が必要なのでは?」と尻込みしてしまうかもしれません。確かに、ホテル一棟を丸ごと購入・運営する場合、初期費用は億単位になりますが、実はそれだけではありません。
最近では、1,000万円以下からでも投資できる「小口化商品」や「クラウドファンディング型のホテル投資商品」も増えており、個人投資家でも無理なく参加可能な環境が整いつつあります。例えば、特定のホテルの一部権利を保有することで、宿泊売上に連動して分配金を得られる仕組みのものも存在し、ハードルは確実に下がっています。
また、既存のホテルオーナーが運営するプロジェクトへの「共同出資」や「事業融資」形式での関与など、資金力やリスク許容度に応じた選択肢も広がっています。
小口化商品(不動産クラウドファンディング等)の活用
「不動産クラウドファンディング」とは、複数の投資家が少額の資金を出し合い、不動産案件を共同で保有・運用する仕組みです。最近ではホテル案件も多く登場しており、1口10万円程度から始められるものもあります。
このような商品は、運用期間や利回り、リスクなどが明示されており、比較的透明性が高く、初心者でも選びやすいのが特長です。また、自分では運営に関与せず、専門業者が一括管理するため、手間もかかりません。
ただし、元本保証はされていない点や、運用期間中は資金がロックされるなどの制約もあります。仕組みや契約内容をよく理解したうえで投資判断を下すことが大切です。
税務上の留意点とプロに相談すべきタイミング
ホテル投資は収益が大きくなりやすい反面、税務処理が複雑になるケースも多いです。特に以下の点には注意が必要です。
- 減価償却の取り扱い
- 宿泊施設特有の課税(入湯税・宿泊税など)
- 法人化の可否とメリット
- 所得区分(事業所得・不動産所得)の違いによる税率影響
これらの判断は一般的な不動産投資とは異なる部分も多いため、できる限り早い段階で税理士や不動産コンサルタントなど専門家の意見を仰ぐのが賢明です。特に数千万円以上の投資を検討する場合は、最初から「税務プランありき」で動くことが、将来的なトラブル回避につながります。
まとめ:ホテル投資は「物語性」のある資産運用

ホテル投資は、単に家賃収入を得るための投資ではありません。その背景には、旅をする人々のストーリーや地域社会との関係性、自らの価値観やライフスタイルの投影といった、他の投資にはない「物語性」が存在します。
また、富裕層にとっては、資産を守りつつ増やす手段としてだけでなく、次世代へと残す「象徴」としての意味合いも強まっています。自分の名を冠した宿泊施設を持つ、地域活性化の一端を担う、そうした“資産以上の価値”を感じられるのがホテル投資の魅力です。
とはいえ、安易に飛び込むにはリスクも伴います。今回の記事で紹介したように、ホテル投資には独自の知識と戦略が求められますが、それゆえに「学び甲斐」のある投資でもあります。
少額から始めてみるもよし、本格的にオーナーを目指すもよし。あなたの人生や資産形成のビジョンに沿って、「自分に合ったホテル投資」の形を見つけていただければと思います。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。