
紙の株券や公社債を手に取る時代は終わり、いま富裕層マネーは“トークン”というデジタル権利証へ静かに移行しています。国内公募セキュリティトークン(以下 ST)の発行総額は 1,682 億円に達し、2024 年度単年でも 464 億円を記録しました。boostry.co.jp
こうした拡大を後押しするのが 2025 年度税制改正。従来グレーだった課税ルールが整理され、「買ったはいいが税務申告でつまずく」リスクが減る一方、情報開示の自動化で“申告漏れ”は見逃されにくくなります。つまり「節税の余地が広がる」と同時に「抜け道は塞がる」という両刃の環境が到来したわけです。
2025 年税制改正で変わる 3 つのポイント
- 期末時価課税の緩和
長期保有 ST は暗号資産に準じた“期末時価評価”を外し、実現益課税に一本化する方向で調整中。 - 雑所得区分の見直し
分配型 ST の利金・配当は原則「配当所得」とし、損益通算が可能に。高税率の総合課税を回避できる可能性が高まります。 - CARF 連携で国外取引も自動報告
日本は 2027 年までに OECD の Crypto-Asset Reporting Framework(CARF) を実装予定。海外プラットフォームの残高も国税庁へ共有され、“国外だからバレない”は通用しません。taina.techoecd.org
富裕層マネーが“紙からトークン”へ移行する背景
- 利回りの魅力:不動産やインフラ債を裏付けにした ST は 年 5〜8 % の配当が珍しくありません。
- 24 時間流動性:従来の私募ファンドより換金しやすく、海外資産の“出口リスク”を縮小。
- 分散投資が容易:10〜20 万円から複数資産へ小口分散でき、円安メリットも狙える。
こうした特性が「円建て預金中心でインフレに弱い」という日本の富裕層ポートフォリオにフィットし、節税と並行してグローバル・インカム源を育てる流れを加速させています。note.com
1. 基礎講座 ─ デジタル証券(ST)の仕組みを 3 分で理解

1-1. セキュリティトークンとは?株・債券・不動産のデジタル化
セキュリティトークン(Security Token)は、株式・社債・不動産持分など既存の有価証券をブロックチェーン上で小口化したデジタル証券です。ブロックチェーンに権利移転記録が載るため、不正改ざんが極めて難しく、スマートコントラクトで配当や利息の自動分配も行えます。
1-2. ブロックチェーン上の権利移転プロセスを図解(テキスト版)
- SPV 設立:対象資産を切り出す特別目的会社を設立
- トークン発行:ERC-3643 等の許可制規格でミント
- プライマリー販売:KYC 済み投資家へ割当
- 権利移転:スマートコントラクトが譲渡制限と適格性を自動審査し、台帳を書換え
- 配当/利金分配:USDC 等ステーブルコインで自動送金
スマートコントラクトが“ブロックチェーン上の証券代行業”を担うイメージです。技術的には 動的コンプライアンス を備えた ERC-7518(DyCIST)も登場し、国境をまたぐ規制対応をコードで実装する動きが進んでいます。reports.weforum.org
1-3. 既存の上場株・私募ファンドとの違い
観点 | セキュリティトークン | 上場株 | 私募ファンド |
---|---|---|---|
最低投資額 | 数万円〜 | 数百〜数千円 | 1,000 万円超も |
取引時間 | 24/7 | 平日 9:00-15:00 | 解約制限あり |
配当・利息 | スマコンで即時 | 会社法に基づき年 1-2 回 | 四半期〜年 1 回 |
名義管理 | ブロックチェーン台帳 | 証券保管振替機構 | 管理会社台帳 |
税務処理 | 改正後は分離課税視野 | 分離課税 | 申告分離/総合課税 |
2. 日本の税制フレームワークを俯瞰する

2-1. 所得区分:配当/譲渡益/雑所得の判定基準
- 配当所得:裏付け資産が株・REIT などで、議決権や配当請求権を伴う場合
- 譲渡所得:トークン売却益。改正後は上場株に準じ20.315 %の申告分離課税が検討されています。
- 雑所得:権利性が弱い収益分配型や、短期運用トークンの利息部分。累進最高 55 % を覚悟する必要があり、区分ミスは命取りです。
2-2. 申告分離・申告不要制度の対象外リスク
特定口座が未整備のプラットフォームで ST を売買すると、源泉徴収なし=申告必須 になります。うっかり忘れると過少申告加算税に加え延滞税年 8.8%が課されるため、取引履歴 CSV を自動取得できる事業者を選ぶのが鉄則です。
2-3. CARF 導入で進む国内外取引情報の自動共有
OECD は 2027 年までに 60 か国超が CARF に基づく取引情報交換を開始すると公表しています。日本居住者がシンガポールや UAE のプラットフォームで保有する ST も、最終的には国税庁へ自動送付される仕組みです。金融口座 CRS+暗号資産 CARF+米 FATCA の“三重報告”体制が整うことで、脱税リスクは大幅に高まります。taina.techoecd.org
3. 富裕層が直面する“3大課税トラップ”

3-1 期末時価評価課税──要件を外すと含み益まで課税
2025年税制改正では、発行者と無関係の第三者が長期保有する暗号資産・デジタル証券について「期末時価評価課税を除外する」方針が示されました。ただし適用には ①保有目的が売買ではなく運用、②1年以上売却していない など複数要件を満たす必要があります。条件に該当しないと評価益にも最大55%の総合課税がかかるため、スケジュール管理が欠かせません。kpmg.com
3-2 相続・贈与──評価額不明はペナルティの温床に
デジタル証券は未上場の場合、「直近取引値=時価」とみなされやすく、相続時の評価がブレやすい資産です。しかも 国外財産調書 や財産債務調書 を提出していないと、申告漏れが判明した際に過少申告加算税が5〜10%上乗せされます。nta.go.jpnta.go.jp
対策メモ:発行体から「最終取引価格証明」を取り寄せ、調書へ必ず添付。
3-3 海外プラットフォーム利用時の“源泉徴収レス”問題
海外プラットフォームは日本の特定口座に相当する源泉徴収機能を持たないのが一般的。そのうえ CARF の導入により、2027年までに国外残高も国税庁へ自動報告される見通しです。申告を失念すると、追徴課税だけでなく最大年8.8%の延滞税まで課される点は要注意。oecd.org
4. 節税ストラテジー①:個人編 ― 最高55%をどう軽減するか

4-1 損益通算で実効税率を下げる
改正案では、譲渡益が上場株同様の20.315%申告分離課税へ移行する可能性が高く、株式・ETF・CFDなど他資産との損益通算が視野に入ります。年間トレードで含み損が出た暗号資産やCFDを年末に一部確定し、ST の配当・譲渡益と相殺すれば、課税対象そのものを圧縮できます。
4-2 新NISA×トークン連動型ETFで非課税枠をフル活用
2024年に拡張された新NISAは、年間投資枠が最大360万円(つみたて120万円+成長240万円)、生涯非課税枠は1,800万円まで拡大しました。rakuten-sec.co.jp
- 成長投資枠でトークン連動ETFを購入し、分配金・売却益を非課税化
- つみたて枠では米国債ETFなど安定資産を積み立て、キャッシュフローを底上げ
4-3 退職所得控除・ふるさと納税で課税ベースを圧縮
退職金の受給が控えている場合は退職所得控除を活用して課税所得を大幅に減らし、ST の譲渡益を上乗せしても総合税率が跳ね上がらない設計に。さらにふるさと納税を上限まで行えば、翌年の住民税が控除されキャッシュフローを確保しやすくなります。
実践ヒント
- スプレッドシートで「給与+配当+譲渡益-控除」シミュレーターを作成
- 年間の課税所得2,000万円を境に、総合課税より法人スキームが有利か判定
- 利回り7%案件であっても、“税後リターン”で比較する癖をつける
5. 節税ストラテジー②:法人編 ─ 経費計上と資産管理会社の設計図

5-1 ホールディングス化で実効税率を約30%へ
日本の法人実効税率は約30%前後。個人の総合課税(最高55%)と比べて最大25ポイントの差があります。デジタル証券の譲渡益・配当を資産管理会社(SPC)で受け取り、役員報酬を900万円ラインに抑えれば、家計側の所得税も緩やかに。譲渡損が出た場合は翌期以降5年間の繰越控除で“税負担の平準化”が可能です。
5-2 減価償却・借入金利子控除の可否
- 不動産裏付けST:法人所有の場合、SPV持分は“投資有価証券”に区分され減価償却は不可。ただし物件修繕費や借入金利子は全額損金算入が認められます。
- 社債トークン:取得価額を繰延資産として5年償却するスキームも検討余地あり。経費化のペースを調整することでキャッシュフローをコントロールできます。
5-3 役員報酬 vs 配当──二段階課税を最適化
高配当を法人で丸ごと受け取ると内部留保が膨張し「留保金課税」の対象になりやすい。そこで
- 報酬+賞与を期中で調整し、利益水準をコントロール
- 持株会社→個人へ配当は総合課税55%を回避するため、子会社設立後に部分的に株式を売却してキャピタルゲイン20.315%で手取りを確保――。
この“報酬・配当・譲渡”3段活用が、実効税率を押し下げる常套手段です。
6. 節税ストラテジー③:グローバル編 ─ クロスボーダー設計の勘所

6-1 シンガポール・UAE経由ファンドの租税条約メリット
- シンガポール VCC
- VCC自体はパススルー課税。運用益は一律17%法人税だが、オンショア/エンハンストTier免税スキームを満たせばゼロ%も可能 ocorian.com
- UAEファンド
- 2023年施行の法人税は9%。ただしフリーゾーン登録+クオリファイドファンド要件で実質0%に fintedu.com
両国とも日本と租税条約を締結しており、配当・利息の源泉税軽減を狙える点が魅力です。
6-2 オフショア・トラストと“サブスタンス要件”
ケイマンやBVIで組成したトラストは、経済実体(Substance)が乏しいと経費否認やPE 認定のリスクが急上昇。2024年改訂の実体要件ガイドでは「物理オフィス・現地取締役・年間支出」を明示し、形骸化を厳しく監視しています freeport.im。
6-3 CRS・FATCA・CARF“三重報告”時代の実務
OECD発表では67か国超がCARFを2027年までに導入。EUはDAC8で連動し、報告範囲をDeFiプラットフォームまで拡大しました taina.techrsmus.com。
実務TIP
- 法人/信託のTAX-IDを必ず取得し、KYC時に一貫して申告
- 取引所から年間CSVをDLし、帳簿と突合できる体制を整える
7. デジタル証券特有の税務DDチェックリスト
チェックポイント | なぜ重要? | 確認資料 |
---|---|---|
スマコン監査報告に「税務条項」があるか | 源泉徴収・配当分配ロジックを担保 | 監査法人レポート/GitHub |
配当・利息エンジンの自動源泉機能 | 源泉漏れは最終納税者責任 | Tokenomicsペーパー |
CARF対応の残高証明 | 国外調書と突合 | プラットフォームDashボード |
発行体の会計基準 | IFRS or GAAPで評価差が出る | 年次報告書、監査意見 |
8. ケーススタディで学ぶ成功&失敗
8-1 税率55%→34%へ下げた資産管理会社スキーム
40代経営者A氏は個人口座で受け取っていたST配当を合同会社へ移管。内部留保をもとに不動産STを追加取得し、賃料を法人に帰属させることで実効税率34%まで低減に成功。
8-2 国外財産調書未提出で10%加算税
シンガポールVCC経由で1.2億円を運用していたB氏は、残高証明を提出せずに放置。CARF試行に先立つ照会で発覚し、追徴+加算税10%を課された。
8-3 海外STO配当を“雑所得”計上し是正通知
ドバイREITトークンからの配当を雑所得で申告したC氏。税務署調査で「配当所得」と判定され、所得区分ミスによる過少申告加算税が発生。区分チェックの重要性を痛感した例です。
9. よくある質問(抜粋)
- 確定申告はe-Taxで完結できますか?
→ はい。暗号資産欄にSTを含め、CSVを添付すればオンラインで提出可能。 - 法人設立費はどこまで経費?
→ 設立登記費用・司法書士報酬は繰延資産で5年償却。 - 配当をUSDCで受け取った場合の円換算レートは?
→ 受領日のTTM(仲値)で換算。為替差損益は雑所得扱い。
10. 用語ミニ辞典(抜粋)
用語 | ひと言解説 |
---|---|
ST(Security Token) | ブロックチェーン上の有価証券。 |
CARF | OECD版「暗号資産の自動情報交換基準」。 |
VCC | シンガポールの傘型投資ファンド車両。 |
Substance要件 | オフショア法人に求められる経済実体基準。 |
DAC8 | EU版CARF。DeFiプラットフォームも報告対象。 |
11. まとめ&アクションプラン

デジタル証券は高利回り×24時間流動性で富裕層の新たな主戦場になりつつあります。しかし“税務設計を誤るとリターンの半分以上を失う”危険資産でもあるのが実態。
- 個人か法人かをまず決定し、必要ならSPC設立で実効税率を30%台へ。
- シンガポールVCCやUAEファンドなどクロスボーダー節税も検討。ただしSubstanceとCARF報告を軽視しない。
- 年内に取引履歴CSV・監査レポート・残高証明を整理し、来期申告への備えを完了させる。
デジタル証券(ST)は高配当と24時間流動性を備えた注目資産ですが、税務処理を誤れば最大55%の課税負担となり得ます。2025年改正では期末時価課税が緩和され、配当は分離課税へ移行予定です。個人投資家は損益通算と新NISAで税負担を軽減し、法人は資産管理会社を通じ実効税率約30%を目指す方法が効果的です。海外プラットフォーム利用時はCARF報告義務とサブスタンス要件を確認してください。期末評価課税・相続評価・源泉徴収漏れが三大リスクですので、監査報告書、取引履歴CSV、残高証明を早めに整備し、安心して海外インカム源を育てましょう。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。