2017年のビットコインバブル、そして2021年の歴史的な高騰を経て、暗号資産は一部の先行者の間で確実に「資産」としてのポジションを築いてきました。特に2024年〜2025年にかけては、ETFの承認や機関投資家の参入が相次ぎ、価格は再び右肩上がりの様相を呈しています。
これにより、多くの投資家が「含み益」という新たなステージに突入しました。とくに、数年前にビットコインやイーサリアムを購入した人々にとって、現在の保有額が数倍〜十数倍に膨らんでいるケースも少なくありません。
含み益。それは「まだ利益を確定していない状態」ですが、実はこの未実現の利益が、ある日突然、税金という重い現実を突きつけてくることがあります。
「売らなくても税金?」という誤解と背景
多くの方が抱く疑問の一つが、「含み益が出ているだけでは税金はかからないのでは?」というもの。確かに、証券投資における株式や投資信託であれば、“売却”して初めて課税対象となります。しかし、暗号資産はこのルールが通用しない場合もあるのです。
例えば、ビットコインを他の暗号資産(イーサリアムなど)と交換しただけでも、それは税法上「売却」に相当し、利益があれば課税対象になります。また、DeFi(分散型金融)プラットフォームで暗号資産を運用し、報酬を得た場合も同様です。自分では「売ったつもりがない」のに、税法上は“利益が出た”とみなされる──そんなズレが、投資家にとってリスクとなり得ます。
富裕層・準富裕層が避けられない“含み益×税金”の課題
暗号資産の課税が問題となるのは、特に富裕層・準富裕層のように高額の含み益を抱える層です。なぜなら、現在の日本の税制では、暗号資産の利益は「雑所得」として総合課税の対象となり、最高税率は45%(住民税を含めると55%)にも達します。
仮に5,000万円の利益が出た場合、課税額は2,000万円を超えるケースもあり得ます。「いつ」「いくら」「どのタイミングで」課税されるのかを正しく理解しておかないと、出口戦略を誤って大きな税負担を背負うことになりかねません。
今後の税制改正の行方も注目されるなか、まずは“含み益”とは何なのか、どのような条件で課税が発生するのか――その基本を押さえておくことが、これからの資産運用における第一歩と言えるでしょう。
第1章:暗号資産の含み益とは?基礎からプロセスまで丁寧に解説

含み益の定義・計算方法(取得価額×時価差)
含み益とは、保有している資産の「現在の市場価格」と「取得価格(購入時の価格)」との差額のことを指します。例えば、100万円で購入したビットコインが現在300万円になっていれば、その時点での含み益は200万円となります。
ただし、この「含み益」はあくまで“評価上の利益”であり、売却するまで実際のお金として手元に入るわけではありません。そのため、資産としては増えたように見えても、現金化していない限り、キャッシュフローには直結しません。
しかしながら、税務上はこの含み益が“実現”されるタイミングを見誤ると、課税が発生してしまうこともあるのです。
含み益は“実現益”とどう違うのか
「含み益」とよく対比されるのが「実現益」です。実現益とは、保有していた資産を売却した結果として確定した利益のこと。言い換えれば、実際に資産を手放し、お金として回収できた利益です。
多くの投資家は、税金が発生するのはこの「実現益」が出た時と考えがちです。しかし、暗号資産の場合、「別の通貨との交換」「商品・サービスへの支払い」「貸し出しによる利回り獲得」などでも課税のタイミングが発生します。つまり、「売却していない=課税されない」という発想が通じないケースが多いのです。
課税されるタイミング ― 売却だけ?交換・支払いも?
ここが最も誤解の多いポイントです。暗号資産において課税が発生するタイミングは、以下のように非常に多岐にわたります:
- 暗号資産を法定通貨(円やドル)に交換したとき
- 暗号資産を他の暗号資産に交換したとき
- 暗号資産を使って商品やサービスを購入したとき
- 暗号資産を貸し出して利息(ステーキング報酬など)を受け取ったとき
これらすべてが、「経済的利益が確定した」と見なされ、税務上の課税対象となります。言い換えれば、暗号資産は「使った瞬間」に税金が発生する可能性がある資産なのです。
第2章:2025〜2026年の日本の暗号資産課税制度──現行制度のポイント
現行制度:暗号資産利益は「雑所得」で総合課税(最大55%)
日本の税制では、暗号資産で得た利益は「雑所得」として扱われます。雑所得とは、給与所得や事業所得とは別に発生した利益で、FXのような取引もこれに該当します。
この雑所得、何が厄介かというと、“総合課税”の対象であること。つまり、他の所得(給与、事業、不動産など)と合算して税額が計算されるため、所得が高くなるほど税率も高くなる「累進課税」が適用されます。
所得税の税率は最大45%、これに住民税10%が加われば、実質最大55%の税負担となるのです。特に、給与所得も高い富裕層にとっては、暗号資産による利益が税負担を大きく押し上げる原因になり得ます。
所得税45%+住民税10%の仕組み
たとえば、ある年に5,000万円の暗号資産利益が出た場合、それだけで所得税が最大税率の45%に達します。そこに住民税10%が加わり、約2,750万円もの税金が課される計算になります。
これは、株式や投資信託の「申告分離課税(約20%)」とはまったく異なる点であり、富裕層にとっては非常に大きな違いと言えるでしょう。
累進税率で税負担が重くなるケース
所得が増えるほど税率が上がる累進課税は、日本の税制の基本です。しかし、それが暗号資産のような一時的な利益にも適用される点が問題視されています。特に富裕層の場合、他の所得と合算されて55%近い税率になるため、**「せっかくの利益が半分近く税金で消える」**という現象が起こります。
これにより、含み益を保有し続けて売却タイミングを迷う投資家が増えているのです。
含み益と“実現益”の税法上の違い
現行制度では、含み益そのものには課税されません。ただし、それが「実現」された瞬間に、税法上の課税対象となります。この“実現”の定義が厄介で、「売却」だけでなく「交換」「利用」も含まれるというのが暗号資産の特徴です。
この構造を正確に理解しておかなければ、無意識のうちに“課税イベント”を引き起こしてしまうリスクがあります。
第3章:暗号資産税制の課題点 ― 富裕層が知らないと損をする理由
暗号資産の税金について調べ始めた多くの人が、途中でこう感じます。
「なんだか、株や投資信託と比べて不利じゃないか?」
その直感は、かなり正確です。
ここでは、なぜ暗号資産の税制が“富裕層ほど厳しく感じられるのか”を、制度の構造から紐解いていきます。
損益通算ができないという決定的な弱点
まず押さえておきたいのが、損益通算ができないという点です。
株式投資であれば、
・A銘柄で+300万円
・B銘柄で−200万円
この場合、差し引き+100万円として課税されます。
ところが暗号資産では、この調整ができません。
たとえば以下のようなケースです。
- ビットコインで+500万円
- アルトコインで−400万円
結果として、実質的な利益は+100万円に近い感覚でも、
税金は500万円に対して課されるのです。
この仕組みは、価格変動が激しい暗号資産と相性が悪い。
特に複数銘柄を運用する富裕層ほど、影響は大きくなります。
含み損を翌年に繰り越せない不利さ
さらに厄介なのが、損失の繰越控除が認められていない点です。
株式やFXでは、損失を最大3年間繰り越し、翌年以降の利益と相殺できます。しかし暗号資産では、
「今年は損、来年は益」という場合でも、税務上は完全に別物として扱われます。
これは、長期で大きな値動きを経験しやすい暗号資産にとって、構造的なハンディと言えるでしょう。
海外取引所・海外移住で誤解が生まれやすいポイント
富裕層の中には、海外取引所を使っている方、あるいは海外移住を検討している方も多いはずです。
ここにも落とし穴があります。
よくある誤解は、
「海外取引所なら日本の税金は関係ない」
「海外に住めば、すべて非課税になる」
というもの。
実際には、日本の税制は居住者か非居住者かで判断されます。
日本に生活拠点(住民票、生活実態)がある限り、海外取引所での利益も原則として課税対象です。
また、出国時には「出国税(国外転出時課税)」が問題になるケースもあり、特に多額の含み益を持つ場合、慎重な設計が求められます。
事例:給与所得と暗号資産利益が合算された場合
たとえば、年収1,500万円の会社役員が、
暗号資産で2,000万円の利益を確定したとします。
この場合、総所得は3,500万円。
所得税は最高税率帯に入り、暗号資産の利益部分も45%課税。
住民税を含めれば、税負担は約1,100万円前後になる計算です。
「投資で増えたはずのお金が、気づけば半分以下」
そんな感覚に陥る人が少なくない理由が、ここにあります。
第4章:税制改正の最新動向(2025〜2026年) ― 平等性と国際競争力の行方

こうした問題点を受けて、暗号資産税制は今、大きな転換点に差し掛かっています。
特に注目されているのが、申告分離課税への移行です。
分離課税(約20%)が議論されている理由
現在、株式や投資信託は申告分離課税が採用され、税率は約20%に固定されています。
一方、暗号資産は総合課税。
この差は、投資家の行動に大きな影響を与えてきました。
政府・金融庁が分離課税を検討する背景には、以下の事情があります。
- Web3・ブロックチェーン産業の育成
- 投資マネーの海外流出防止
- 税制の公平性確保
とくに「日本だけ税率が高すぎる」という国際比較の視点は、近年強く意識されるようになっています。
申告分離課税とは何か?初心者向けに整理
申告分離課税とは、
他の所得と切り離して、一定税率で課税する方式です。
もし暗号資産が分離課税(20%前後)になれば、
- 給与が高くても税率は一定
- 利益確定の心理的ハードルが下がる
- 損益通算・繰越控除の導入も現実味を帯びる
といった変化が期待されます。
ただし、現時点では検討段階であり、施行時期や詳細は未確定です。
「確定情報ではない」という点は、必ず押さえておく必要があります。
いつ変わる?スケジュール感と注意点
現在の議論では、2026年度以降に何らかの制度変更が行われる可能性が高いと見られています。
とはいえ、税制改正は政治判断の影響を強く受けます。
そのため、
「改正されるまで待つ」
「今の制度前提で出口を設計する」
この判断は、投資家ごとに異なります。
重要なのは、改正を“期待しすぎない”こと。
現行制度でも耐えられる設計をしておくことが、富裕層の資産管理では欠かせません。
第5章:含み益をどう扱うか ― 富裕層のための現実的な出口戦略
ここからが、本記事の核心です。
「含み益があること自体」は問題ではありません。
問題は、どう出口を設計するか。
法人化という選択肢は万能ではない
暗号資産の節税策としてよく語られるのが「法人化」です。
確かに、法人税率は中小企業であれば約23%前後。
個人の最大55%と比べれば、魅力的に見えるでしょう。
しかし、法人化には以下の注意点があります。
- 設立・維持コスト
- 出口(個人に戻すとき)の課税
- 税務調査リスク
短期的な税率だけで判断すると、後から思わぬ負担が発生することもあります。
長期保有という“戦略的な何もしない”
もう一つの選択肢が、「あえて売らない」という戦略です。
税制改正を見据え、含み益を維持したまま保有を続ける。
これは、資産に余裕のある富裕層だからこそ取れる選択とも言えます。
ただし、価格変動リスクは常に存在します。
「税金を避けたいがために、相場下落を被る」
これでは本末転倒ですね。
贈与・相続まで含めた“時間軸”の設計
暗号資産は、贈与や相続の対象にもなります。
この視点を持つと、含み益の扱い方は大きく変わります。
- いつ売るか
- 誰に渡すか
- どのタイミングで評価されるか
短期の節税ではなく、人生全体の資産設計として考える。
これこそが、富裕層に求められる暗号資産との向き合い方ではないでしょうか。
第6章:リアル事例で学ぶ税務対応と節税シナリオ
理論だけではなく、具体的な事例から学ぶことこそ、実務で役立つ知識の獲得に直結します。
ここでは、実際に起こり得るシナリオを通じて、「含み益×税金」への向き合い方を立体的に理解していきましょう。
事例①:含み益1億円の個人投資家が選んだ“分割実現”戦略
東京都在住の50代男性Aさんは、2018年に1BTC=100万円で10BTCを購入。2025年時点で、1BTC=1,200万円まで上昇し、含み益は1億円超。
当初、一括で利益確定することも検討したが、税理士と相談のうえ以下の戦略を採用:
- 年に2BTCずつ段階的に売却(約2,400万円/年)
- 収入全体で税率の急激な上昇を避け、平均税率を抑制
- 税務署からの確認にも対応できる帳簿と台帳を整備
結果、実効税率は平均35%程度で着地し、税金の総額は数百万円単位で抑制されました。
“時間を味方につける”戦略は、富裕層の王道とも言えるでしょう。
事例②:法人化したが“出口”で税金が膨らんだケース
40代男性のBさんは、2021年に法人を設立し、そこで暗号資産を購入。法人税率の低さを利用して、税負担の圧縮を狙いました。
ところが2024年、事業資金の必要性から暗号資産を売却→役員報酬で個人に還元する際に問題が発生:
- 売却益に対して法人税→役員報酬に対して所得税と住民税
- “二重課税”の構造に近く、想定より大幅に税負担が増加
- 税理士の助言不足もあり、資金移動が詰まる事態に
「法人化=節税」という単純な方程式は通用しない。
この事例は、出口戦略まで一貫して設計する重要性を物語っています。
事例③:海外移住で“非居住者扱い”になった後の申告トラブル
60代のCさんは、東南アジアへのリタイア移住を機に日本の住民票を抜き、非居住者に。
「これで税金から解放される」と思っていたが、実際には次のような問題が発生:
- 出国前の含み益に対して「国外転出時課税制度(出国税)」が適用
- 日本の居住者と見なされるリスク(家族や不動産が日本に残っていた)
- 海外資産の申告漏れと見なされ、税務調査対象に
このケースでは、“税務上の居住地”と“生活実態”が一致しないことのリスクが浮き彫りになりました。
海外に移る場合でも、必ず専門家の意見を仰ぐべきです。
第7章:暗号資産を資産ポートフォリオに組み込む際の注意点
含み益と税金を考えるうえで、視野を「資産全体」に広げてみましょう。
暗号資産はあくまで一つの資産クラスに過ぎません。
では、それをどのように“位置付ける”べきか――その視点が問われます。
ポートフォリオ全体に与える影響
暗号資産は、株式や不動産と比べてボラティリティ(価格変動)が非常に大きい。
このため、資産全体に占める割合が高すぎると、急激な下落で大きな打撃を受けるリスクがあります。
富裕層の間では、暗号資産は「全体の10%未満」に抑える戦略が主流。
含み益が出たとしても、それが全体設計を揺るがさない“リスクの範囲内”に留めておくことが重要です。
リスク許容度とリバランス戦略
年齢、資産規模、収入の安定度――これらによってリスク許容度は変わります。
暗号資産は期待リターンが高い反面、下落局面では一気に価値が毀損することもあるため、定期的なリバランス(資産の比率調整)が欠かせません。
- 含み益が膨らんだら一部利益確定し、安全資産に移す
- 年1回、資産比率を見直す“ポートフォリオ診断”を実施
こうした地道な戦略が、長期的な資産維持を可能にします。
第8章:まとめと実践アクションプラン ― 暗号資産の税金にどう向き合うか

ここまで述べてきたように、暗号資産と税金は切っても切れない関係にあります。
富裕層・準富裕層ほど、この問題は“実感”として迫ってくるはずです。
本記事での重要ポイントの振り返り
- 含み益は「実現されていなくても」税金のリスクをはらんでいる
- 現行の雑所得・総合課税制度では、最大55%の課税が発生
- 損益通算・繰越控除ができず、不利な構造が続いている
- 税制改正の可能性はあるが、実施は2026年以降が想定される
- 法人化・長期保有・贈与設計など多様な“出口戦略”が鍵を握る
今すぐできる実践アクション5選
- 含み益のある資産をリストアップし、取得価格と評価額を明確化
- 売却や交換のタイミングで課税が発生することを再確認
- 年間の所得と照らし合わせて、税率帯の見通しを立てる
- 税理士に相談し、法人化・移住などの選択肢を比較検討
- 税制改正の動きを定期的にウォッチし、タイミングを逃さない
付録:よくある質問(FAQ)
Q1:含み益があるだけで税金は発生しますか?
→ いいえ。売却・交換・利用など、何らかの“実現”が伴って初めて課税対象となります。
Q2:海外取引所なら税金はかかりませんか?
→ いいえ。日本に居住している限り、海外での取引も原則課税対象です。
Q3:法人を作ればすべて節税できますか?
→ 法人化には出口戦略が重要です。単純に税率が下がると考えるのは早計です。
Q4:将来、分離課税になったら今の含み益も対象外になりますか?
→ 現時点では不明です。改正の内容と適用範囲次第ですが、“今売るかどうか”は慎重に判断すべきです。
Q5:家族に暗号資産を渡したら贈与税がかかりますか?
→ はい。贈与額によっては贈与税の申告・納税が必要です。非課税枠の範囲内で計画的に行うことが推奨されます。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。
