事業承継を円滑に進めることは、富裕層にとって避けて通れない課題です。中でも、日本の税制度が課す厳しい累進課税や高い相続税・贈与税の負担は、次世代に資産を引き継ぐ際の大きな障壁となっています。たとえば、相続税率は最大55%にも上ることがあり、適切な対策を講じなければ、築き上げた財産が大幅に目減りしてしまうリスクがあります。
こうした背景から、不動産を活用した事業承継が注目を集めています。不動産は現金に比べて相続税評価額が低いため、税負担を軽減する効果が期待できるからです。また、不動産を活用すれば長期的な資産形成が可能となり、現金資産よりも柔軟な運用ができる点も魅力的です。
相続税や贈与税の高負担時代における戦略的アプローチの必要性
現在の日本は、少子高齢化に伴う税収の確保を目的として、富裕層への課税強化が進んでいます。相続税の基礎控除額は過去に引き下げられたままで、税負担が一部の高額資産保有者に集中する仕組みとなっています。この状況下では、早期に計画を立て、事業承継における最適な資産配置を検討することが欠かせません。
不動産を活用した事業承継は、このような課題を解決するための有力な手段の一つです。特に減価償却や賃貸収入を活用した節税スキームは、実行可能な戦略として多くの富裕層に支持されています。ただし、税制改正の影響を受けやすいため、常に最新の情報をもとにした戦略が求められます。
本記事の目的と概要
本記事では、富裕層が直面する事業承継に関する課題を整理し、不動産を活用することで得られる具体的なメリットをわかりやすく解説します。また、不動産活用の具体的な手法や注意すべきリスクについても掘り下げ、読者が実践的な知識を得られる構成となっています。
さらに、累進課税や節税スキーム規制など、近年の税制改正がもたらす影響にも触れ、富裕層が持続可能な資産運用を実現するためのヒントを提供します。本記事を通じて、事業承継を成功させるための実践的な知識を身につけていただけるでしょう。
1. 富裕層向け事業承継の基本概念

1-1. 事業承継とは?
事業承継とは、事業主が保有する資産や経営権を次世代へと引き継ぐプロセスを指します。一般的には、家族や親族を後継者とする「親族内承継」、あるいは社員や第三者に引き継ぐ「親族外承継」という形態が存在します。
富裕層の場合、事業承継は単なる資産移転ではなく、事業継続のための戦略的な資産運用と税負担軽減策を組み合わせることが重要です。特に、不動産を含む資産の分割方法や、税制優遇措置の活用が成否を分けます。
また、日本の累進課税制度の影響は特筆すべき点です。課税所得が増えるほど税率が高くなるこの制度は、富裕層が相続や贈与を行う際に大きな負担を強います。例えば、課税所得4,000万円以上に適用される所得税率は45%に達し、これに住民税10%を加えると合計55%もの税率が適用されます。この税負担は、事前の計画がなければ資産の大幅な目減りにつながるリスクを孕んでいます。
1-2. 富裕層特有の課題
富裕層における事業承継には、一般の事業承継とは異なる特有の課題があります。最も顕著な問題は、高額な相続税・贈与税です。現金や株式などの流動性の高い資産を保有している場合、これらが高い評価額で計算されるため、税負担が膨らみがちです。
さらに、近年の税制改正は富裕層向けの節税スキームを厳しく制限しています。たとえば、かつては相続税対策として利用されていた「タワーマンション節税」が2024年以降、規制強化の対象となり、節税効果が縮小されました。また、海外不動産投資による減価償却スキームも廃止され、合法的に税負担を軽減できる手段が限られつつあります。
これらの状況を踏まえると、富裕層は新たな節税策を模索する必要があります。たとえば、不動産を用いた相続税評価額の引き下げや、事業承継税制を活用した後継者への円滑な移行計画が鍵となるでしょう。
2. 不動産を活用した事業承継のメリット

2-1. 不動産の税制上の優位性
相続税評価額が現金より低い理由
不動産を活用した事業承継が注目される理由の一つに、不動産の相続税評価額が現金より低くなるという税制上の優位性があります。相続税の評価額は現金で保有する場合は額面通りの評価となりますが、不動産の場合、「路線価」や「固定資産税評価額」に基づく評価となり、通常その実際の市場価値(時価)よりも低く計算されるのが一般的です。
具体例を挙げると、時価5億円の土地があった場合、その土地の路線価は時価の約80%、つまり4億円程度と評価されます。さらに建物の評価も固定資産税評価額に基づき、時価の50~70%程度に抑えられます。このように、相続税評価額が現金や預金に比べて低いことで、結果的に税負担が軽減されるのです。
減価償却を活用した課税所得圧縮の仕組み
もう一つの重要な優位性は、不動産の減価償却を活用することで課税所得を圧縮できる点です。減価償却とは、建物などの資産の購入費用を一定の耐用年数にわたって分割し、経費として計上する仕組みです。
例えば、鉄筋コンクリート造の建物(耐用年数47年)を1億円で購入した場合、毎年約212万円(1億円÷47年)を経費として計上できます。この減価償却費は、賃貸収入から差し引かれるため、課税対象となる所得を大幅に減少させることが可能です。さらに、不動産賃貸業では固定資産税や修繕費も経費として計上できるため、節税効果がより高まります。
2-2. 不動産による長期的資産保全
資産分散としての不動産の意義
不動産は、長期的な資産保全手段としても有効です。株式や債券と異なり、不動産は比較的安定した価値を持ち、インフレーションに対しても強いという特性があります。インフレが進むと、現金の実質的な価値が目減りする一方、不動産価格や賃料収入は上昇する傾向があり、「インフレヘッジ」としての役割を果たします。
また、不動産投資による賃料収入は、定期的なキャッシュフローを生み出します。この安定収入は、資産運用全体のリスクを低減しつつ、次世代へ継承する資産の一部として機能します。
遺産分割を容易にする不動産の特性
不動産は、遺産分割の観点からも優れた特性を持っています。現金資産では、相続人間での公平な分割が難しいケースがありますが、不動産の場合は、複数の相続人に対して持分を分割した形で所有権を分けることが可能です。さらに、賃貸不動産であれば、その運用益を相続人間で分配する仕組みを整えることもできます。
3. 具体的な不動産活用方法

3-1. 築古物件を活用した節税スキーム
減価償却計算の具体例(耐用年数別)
築古物件(築年数が経過した物件)は、特に減価償却を活用した節税効果が高いとされています。築古物件では、耐用年数が短縮されるため、購入直後から減価償却費を多く計上できるのがポイントです。
例えば、木造住宅(法定耐用年数22年)で築12年の物件を購入した場合、耐用年数は以下の式で計算されます。
耐用年数 = (法定耐用年数 - 経過年数)+ 経過年数の20%
= (22 - 12)+ (12 × 0.2) = 約11年
この結果、築12年の木造住宅は残り11年で減価償却されるため、購入価格を短期間で経費計上できます。
築古物件を選ぶ際の注意点
一方で、築古物件の購入には注意が必要です。以下の点を考慮しないと、期待していた節税効果が得られない場合があります。
- 修繕コスト:古い物件では修繕費用がかさむため、購入前に詳細な調査が必要です。
- 収益性:立地や賃貸需要を事前に確認し、十分な収益が得られるかを見極めることが重要です。
- 耐震性:築年数が古い場合は耐震基準を満たしているかどうかを確認しましょう。
3-2. タワーマンション節税の最新動向
2024年以降の規制強化内容とその影響
かつては、タワーマンションが相続税対策として広く利用されていました。その理由は、高層階のマンションが市場価格に比べて相続税評価額が低くなる傾向があったからです。しかし、2024年の税制改正により、高層階の物件ほど評価額を市場価格に近づける算定方法が導入され、節税効果が大幅に縮小されました。
タワマン節税の代替策
この規制強化を受け、現在ではタワーマンション以外の物件や、新たな節税スキームが注目されています。その一例として、地方の収益不動産への投資が挙げられます。地方物件は相対的に価格が低く、初期投資を抑えながら減価償却の恩恵を受けることが可能です。
3-3. 賃貸不動産の損益通算
赤字損益通算の基本仕組みと計算モデル
賃貸不動産では、減価償却や修繕費などを計上することで、一時的に赤字になるケースがあります。この赤字を他の所得と損益通算することで、課税対象所得を減少させることが可能です。
例:
- 給与所得:1,000万円
- 不動産所得:△500万円(赤字)
この場合、課税対象所得は500万円(1,000万円 – 500万円)となり、所得税と住民税の負担が軽減されます。
実例を交えた活用法
たとえば、年収2,000万円の個人が都内に築古アパートを購入し、賃貸経営を開始したケースを考えます。減価償却と修繕費で年間800万円の赤字を計上し、課税所得が1,200万円に圧縮され、結果として年間の税負担を数百万円削減することができました。
4. 不動産事業承継の注意点

4-1. 税務上のリスク
節税目的の不動産購入が招く税務調査リスク
不動産を活用した節税スキームは確かに有効な手段ですが、税務目的が強すぎる購入は税務調査の対象となる可能性があります。特に、明らかに不動産の収益性が低い場合や市場価値に対して過剰な減価償却が行われているケースでは、**「租税回避目的」**とみなされるリスクが高まります。国税庁はこうした事案に対し、過去数年間で厳格な調査を実施しており、不適切と判断された場合には多額の追徴課税が課せられる可能性があります。
最新の税制改正が不動産活用に与える影響
2024年以降、タワーマンション節税の規制強化など、相続税に関連する評価方法が変更されました。特に高層階の物件において、評価額が市場価格に近づくよう見直され、以前のような大幅な節税は期待できません。さらに、海外不動産投資における減価償却スキームも廃止されるなど、税務当局は富裕層向けの節税策を制限する方向に動いています。
これにより、税務戦略において「合法的かつ妥当な節税手段」を模索する必要性がこれまで以上に高まっています。
4-2. 収益性と流動性リスク
不動産の収益性低下リスク(空室、管理コスト増加)
不動産投資は、長期的な資産運用手段として有効ですが、空室リスクや修繕費の増加といった収益性の低下要因に常に注意を払う必要があります。例えば、地方物件の場合、賃貸需要の減少が空室率の上昇につながる可能性があります。また、古い物件では修繕やリノベーションが必要になるため、予想以上のコストがかかることも。
売却時の流動性に関わる課題
不動産は流動性が低い資産であるため、必要なタイミングで売却できないリスクも抱えています。特に、景気低迷期や需要が少ないエリアでは、想定価格での売却が難しい場合があります。このため、「市場の動向を見据えた売却計画」が欠かせません。
4-3. 対策例
リスク軽減策(収益予測・空室リスク対策)
リスクを軽減するためには、購入時点での徹底的な収益シミュレーションが重要です。具体的には、以下のような対策が有効です:
- 賃貸需要調査:購入前にエリアの人口動向や賃貸ニーズを調査する。
- 空室保証サービスの利用:管理会社と契約し、一定の収入を確保する。
- 修繕積立金の計画的な確保:予想外の修繕費に備えるための基金を用意する。
長期保有のメリットとデメリットの比較
長期保有には、以下のようなメリットとデメリットがあります:
メリット
- 減価償却をフル活用し、課税所得を圧縮できる。
- 資産価値の上昇(インフレ時)によるキャピタルゲインの可能性。
デメリット
- 流動性が低く、資金化までに時間がかかる。
- 長期にわたる管理コストが発生する。
リスクを正しく理解し、目的に応じて適切な保有期間を設定することが成功の鍵です。
5. 早期計画の重要性

5-1. 早期計画がもたらすメリット
相続時の税負担軽減効果
早期に計画を立てることで、相続税負担を大幅に軽減することが可能です。例えば、事業承継税制を活用することで、相続税の納税猶予が受けられます。これは、後継者が一定期間事業を継続する条件で相続税の支払いを先延ばしにできる仕組みです。
さらに、不動産を早めに購入し、減価償却や賃貸収入を活用することで、課税所得を引き下げ、相続時の資産評価額を最適化することも可能です。
5-2. 専門家との連携
税理士や資産運用コンサルタントとの協働の重要性
事業承継は高度な税務知識と計画が求められるため、税理士や資産運用コンサルタントとの協働が不可欠です。専門家は、税制改正や市場動向を踏まえたアドバイスを提供し、リスクを最小限に抑える戦略を立案してくれます。
長期プランニングのステップ
- 資産の現状分析:所有資産の評価額と収益性を把握。
- 後継者との相談:相続後の事業計画を明確化。
- 適切な節税策の導入:不動産投資や税制優遇の活用。
- 定期的な見直し:税制改正や家族構成の変化に応じた調整。
5-3. 非課税枠や控除枠の活用
知られざる制度の紹介と具体例
日本の税制には、意外と知られていない非課税枠や控除枠があります。例えば、配偶者控除や小規模宅地等の特例を活用することで、課税対象額を大幅に減らせます。
控除枠を最大化する実践方法
控除枠を最大限活用するためには、制度の条件を正確に理解することが重要です。たとえば、住宅取得資金の贈与税非課税枠を利用して、子ども世代への資金移転を効率化する方法があります。この枠は一定期間で利用可能で、住宅購入資金に限るものの、大幅な節税効果が期待できます。
6. 今後の節税スキームの方向性

6-1. 最新制度と富裕層向けの活用策
新NISA制度の概要と富裕層への影響
2024年からスタートする新NISA制度は、富裕層にとっても注目に値する節税ツールです。この制度の最大の特徴は、投資可能枠が大幅に拡大し、非課税保有期間が無期限となった点です。新NISAでは、年間投資枠が360万円に引き上げられ、これまでのNISA制度に比べて高額な資産運用が可能となります。特に富裕層にとっては、課税対象外の運用利益を増やせるメリットが大きく、長期投資の手段として非常に有効です。
例えば、年間360万円を20年間運用し、年平均リターンを5%と仮定した場合、非課税で得られる運用益は約4,800万円に達します。これは、課税対象となる場合に比べて約1,000万円以上の税負担軽減が期待できます。
その他の注目すべき税制改正
新NISA制度以外にも、2024年以降にはいくつかの税制改正が予定されています。たとえば、所得税や相続税に関する控除枠の見直しが議論されており、特に富裕層が利用してきた控除スキームの一部が縮小される可能性があります。また、海外資産を保有する日本居住者に対する情報開示義務の強化が進められており、国外での節税スキームの利用が一段と厳しくなる見込みです。
こうした変化に対応するためには、国内外の最新税制情報を継続的に収集し、適切な資産配置を検討することが不可欠です。
6-2. 国外資産移転とその注意点
海外移住を視野に入れた資産管理戦略
富裕層の中には、日本国内の高い税負担を避けるために海外移住を選択する人も増えています。シンガポールやドバイなどの**タックスヘイブン(租税回避地)**は、所得税や相続税が非常に低く、資産家にとって魅力的な選択肢となっています。たとえば、シンガポールでは所得税の最高税率が22%と日本の半分以下であり、相続税が存在しません。
ただし、海外移住には多くの注意点が伴います。移住先のビザ取得や現地での生活費、言語や文化の適応など、事前にクリアすべき課題は多岐にわたります。また、日本の「タックスヘイブン対策税制」や「出国税」の適用対象となる場合、移住後も日本で課税されるリスクがあります。
タックスヘイブン利用のリスクと規制対応策
タックスヘイブンを利用した資産管理は魅力的に見えますが、そのリスクも見逃せません。OECD(経済協力開発機構)のBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトの影響により、各国の税務当局が租税回避行為に対する監視を強化しています。日本でも、租税回避目的で設立された海外法人に対して厳格な規制が導入されており、不適切な手法が発覚した場合、多額のペナルティが科される可能性があります。
こうした状況に対応するためには、合法かつ透明性の高い手法を採用し、専門家と連携しながら資産管理戦略を立案することが重要です。タックスヘイブンを利用する場合でも、現地の法規制に従いながら日本の税制に準拠する計画が求められます。
まとめ

不動産を活用した事業承継の総合的なメリットとリスク
不動産を活用した事業承継は、富裕層にとって節税効果が高く、長期的な資産保全にも寄与します。減価償却を活用した課税所得の圧縮や、相続税評価額の引き下げといった具体的なメリットは非常に魅力的です。一方で、税制改正や市場動向によるリスク、不動産の流動性の低さといったデメリットもあります。
税制改正の影響を見据えた早期対策の重要性
2024年以降の税制改正によって、これまで有効とされてきた節税スキームに変更が加えられています。そのため、税制の動向を注視しつつ、早期に対策を講じることが成功の鍵です。税理士や資産運用コンサルタントなどの専門家と連携し、柔軟かつ持続可能なプランを策定することが不可欠です。
富裕層が取るべき次の一手と本記事の締めくくり
本記事で解説した不動産活用や最新の節税策は、富裕層が事業承継を成功させるための有力な手段です。しかし、それらを効果的に活用するためには、税務リスクや市場リスクを的確に評価し、長期的な視点で計画を立てることが重要です。特に、税制改正や規制強化に迅速に対応するためには、常に情報をアップデートし、専門家の力を借りることが肝要です。
最後に、事業承継は単なる資産移転ではなく、次世代の豊かな生活や事業継続を支える重要なプロセスです。本記事が、読者の皆さまが最適な選択をするための一助となることを願っています。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。