かつては“IT好きの投機家の遊び”と見られていた暗号資産(仮想通貨)。しかし近年、その立ち位置は大きく変わりつつあります。ビットコインをはじめとする暗号資産は、もはや「通貨」としてよりも、「資産クラスの一つ」として富裕層の資産構成にも組み込まれる時代に突入しました。
2024年には、ビットコインETFの米国上場を受けて機関投資家の参入が加速、日本でも新NISA制度により金融リテラシーの高まりが見られる中、暗号資産の保有率が20代〜30代を中心に急増。その波は、40代・50代の資産余裕層へも着実に波及しています。
そんな中、意外にも盲点となっているのが「税務対応」です。
特に、富裕層や高所得者にとっては“利確のタイミング一つで税負担が大きく変わる”暗号資産の特性を理解せずに保有し続けることは、リスク管理上きわめて危うい状態といえます。
資産ポートフォリオにおける暗号資産の位置づけ(特に富裕層)

富裕層の資産構成においては、株式・不動産・債券・現金といった伝統的資産に加え、ヘッジ目的や成長性への期待から「オルタナティブ資産」への分散が進んでいます。そこに組み込まれる新たな選択肢として台頭しているのが、暗号資産です。
実際、スイスの大手プライベートバンクの調査(2024年)では、資産5億円超の超富裕層のうち約22%が暗号資産をポートフォリオに組み込んでいると回答。また、日本国内でも、ビットコインを一部の決済資産として認識し始めた富裕層経営者の例が散見されます。
暗号資産は、金利や中央銀行の政策に依存しにくく、法定通貨に対するヘッジ機能も期待されることから、ポートフォリオ全体のボラティリティを抑えつつ、非相関資産としての魅力があるといわれています。
とはいえ、収益性と税務負担は“ワンセット”です。利回りだけに目を奪われるのではなく、税制面での理解が不可欠です。
税務リスク軽視がもたらす“思わぬ損失”とその背景
「税金のことは後で考えよう」――。この判断が、富裕層にとっては数百万円単位、場合によっては億単位の損失をもたらすことがあります。
たとえば、暗号資産の売却によって5,000万円の利益を得た場合、所得税・住民税あわせて最大55%もの税率(45%+10%)が課される可能性があります。つまり、利益の半分以上が税金で消える計算です。
しかも、暗号資産の利益は「総合課税・雑所得」に分類され、給与や他の所得と合算して課税されるため、追加の課税リスクが生じやすい構造です。
加えて、海外取引所の利用・ウォレット間送金・ステーキング報酬などの税務処理が複雑化しやすく、申告漏れ・過少申告があった場合は重加算税の対象にもなりかねません。
つまり、「儲かったけれど申告しなかった」「申告したけど処理が雑だった」――この“つもり違い”が、税務署からの調査や高額追徴という形で突如として襲いかかるのです。
暗号資産とは何か?基礎整理と税務上の扱い
ここで、暗号資産そのものについて簡単に整理しておきましょう。
暗号資産(仮想通貨・トークン)/その構造と特徴
暗号資産とは、インターネット上で流通するデジタル資産であり、代表的なものにビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、リップル(XRP)などがあります。ブロックチェーン技術を基盤に、不正改ざんが困難な形で記録・保有され、中央管理者を持たない分散型の構造が特徴です。
最近では、「ユーティリティトークン」「ガバナンストークン」など、単なる“通貨”としての枠を超え、NFT・DeFi・DAOといった新領域でも活用されるケースが増えています。
そのため、「暗号資産=ビットコイン」という単純な捉え方ではなく、多様なユースケースを含む“デジタル資産全体”という視点が求められます。
日本国内の現行課税ルール(「雑所得」「総合課税」)と税率の仕組み
現在の日本において、個人が暗号資産を売却して得た利益は「雑所得」に分類され、「総合課税」が適用されます。
つまり、給与や事業所得など他の所得と合算して課税されるため、所得が高いほど税率も高くなり、最終的には最大で55%(所得税45%+住民税10%)もの税率が課される場合があります。
また、損失が出た場合でも、他の所得との損益通算はできず、翌年以降への繰越控除も認められていません。この点が株式やFXとの大きな違いであり、税務戦略を立てるうえで極めて重要なポイントです。
2025〜2026年 税制改正の最新動向:暗号資産を巡る制度変更の方向性

ここからは「今まさに変わりつつある税制」の話に入ります。
2024〜2025年にかけて、暗号資産の課税制度は大きな転換点を迎えています。
背景には、
- 暗号資産が一般化し、従来の“投機”から“投資資産”へ認識が変化していること
- 個人投資家だけでなく、企業・機関投資家・ファンドも参入していること
- 海外では暗号資産課税が整理されつつあるため、日本の税制が相対的に不利になりつつあること
――こうした状況があります。
税制改正要望とその背景:金融庁・JVCEAなどの動き
金融庁、国税庁、暗号資産取引所の自主規制団体(JVCEA)はここ2年ほど、暗号資産の税制整理に向けた検討を継続しています。
特に議論されているのは次のポイントです:
- 個人投資家の課税方式の見直し
(総合課税 → 申告分離課税への移行が可能か) - 税率の明確化と安定化
- 損益通算・損失繰越の有無
- 法人が保有する暗号資産の評価方法
現状、「分離課税の導入」については“要望段階”ではあるものの、
2025年以降の税制改正大綱で正式に議論が深まる公算が高い と見られています。
ただし重要なのは、
「決定した」わけではなく、あくまで検討中の段階
という点です。
つまり、富裕層・企業オーナーが取るべき姿勢は
「制度が変わってから考える」ではなく
「変わる前に動くための下準備」 です。
注目すべき改正ポイント
(例:申告分離課税・税率引下げ・損失繰越可能性)
現在議論されている主要論点を、初心者にもわかりやすい言葉で整理します。
| 論点 | 現行 | 検討されている方向性 | 投資家への影響 |
|---|---|---|---|
| 課税方式 | 総合課税(最大55%) | 申告分離課税(約20%)の可能性 | 税負担が大きく軽減する可能性 |
| 損益通算 | 不可 | 他資産との通算または暗号資産内で通算可能の議論あり | 赤字が翌年に活かせる可能性 |
| 損失繰越 | 不可 | 3年間などの繰越が認められる案あり | 長期投資戦略が組みやすくなる |
| 法人保有 | 期末時価評価で益が出ると課税 | “原価法”運用の拡大など評価方法緩和が進行中 | 税負担の急増リスクが抑えられる可能性 |
もし「申告分離課税(約20%)」が導入された場合、
富裕層にとっては “税率が半分以下になる可能性” を意味します。
一方、自動的に恩恵を受けられるわけではなく、
・保有形態
・売却タイミング
・取引所の選択
・法人活用の有無
によって受けられるメリットは大きく変わります。
富裕層/法人/海外取引所利用者が押さえるべき制度変化と影響
ここからは「誰にどのように影響するのか」を明確にしていきましょう。
① 富裕層(個人)
- 総合課税 → 分離課税になった場合、節税効果は非常に大きい
- ただし、制度移行前に大きく利確すると 最大税率帯(45%+住民税10%) に入る可能性がある
→ 売却タイミング戦略が重要
② 法人(資産管理会社/事業会社)
- 現在は「期末時価評価」が負担となりやすい
→ 評価方法の緩和は、企業が暗号資産を保有しやすくなる方向 - オーナー経営者は、
「個人で持つのか、法人で持つのか」
が極めて重要な意思決定になる
③ 海外取引所・海外ウォレット利用者
- 取引履歴がブラックボックス化しやすいため、
税務署から“意図せぬ認定”を受けるリスクが高い - 2024年〜 世界各国で暗号資産口座情報自動交換の枠組み(CARF / CRS拡張)が進行中
→ 「海外だからバレない」は完全に過去の話
富裕層が押さえるべき暗号資産税務3大論点
暗号資産の税務に関して、富裕層が特に注意を払うべきポイントは数多くありますが、その中でも“根幹を成す3つ”をここでは整理します。いずれも節税・資産保全の観点から、将来的なインパクトが非常に大きく、早い段階での理解と対策が求められます。
① 所得税・住民税の累進課税と暗号資産利益の影響
最大のポイントは「税率が一律ではない」ということです。
先にも触れたとおり、現行制度では暗号資産による利益は“雑所得”として扱われ、「総合課税」が適用されます。そのため、給与収入などと合算された総所得金額が増えるほど税率も上がり、**最高税率55%(所得税45%+住民税10%)**という重税が課されるケースもあります。
仮に、
- 給与所得が2,000万円
- 暗号資産売却益が3,000万円
というケースであれば、全体の課税所得が5,000万円を超えるため、売却益のほぼ半分近くを納税に回す必要が出てくるのです。
この仕組みを理解していないと、「予想以上の税額通知にパニックになる」といったケースも珍しくありません。
② 所有・保有・売却・交換・ステーキングなどのタイミング別税務ポイント
「売ったら課税される」という理解にとどまると、暗号資産税務の落とし穴に気づけません。以下のようなタイミングでも課税対象となり得ます。
| タイミング | 主な課税ポイント |
|---|---|
| 売却 | 売却価格-取得価格=利益(課税対象) |
| 他の仮想通貨への交換 | 交換前の仮想通貨の含み益に対して課税される |
| ステーキング報酬 | 受領時点で時価評価され、雑所得として課税 |
| ハードフォークによる受領 | 無償で受け取っても、その時点の市場価格が課税対象に |
| DeFiやDEXの流動性提供 | トークン受取時に課税対象となる可能性がある |
つまり、“法定通貨に戻さない限り非課税”という都市伝説のような考え方は通用しません。
実際には、仮想通貨間のスワップや報酬受取でも課税リスクが生じるため、トランザクションごとの記録と課税対象の洗い出しが不可欠です。
③ 相続・贈与・海外資産と税務リスク
暗号資産は「デジタルで匿名性が高い」という特性から、相続・贈与時の税務処理が非常に複雑です。
たとえば、親がビットコインを保有していたことを家族が知らず、死後にウォレット情報が開示されなかった場合、それは“相続されないまま失われた資産”になります。
また、仮に相続された場合でも、
- 時価の確定が難しい
- 海外取引所にある場合、開示義務を怠ると“申告漏れ”扱いになる
- 仮想通貨は「みなし譲渡課税」が適用される可能性もある
といった点で、不動産や株式以上に繊細な管理と申告が求められます。
さらに、2027年以降にはOECD主導の「CARF(暗号資産報告枠組み)」が本格導入予定とされており、海外ウォレットや取引所の利用も国際的な情報交換の対象になります。
つまり、“海外にあればバレない”時代は終わりつつあるのです。
ケーススタディ:実例から学ぶ「暗号資産×税務」対応
実際のシナリオをもとに、富裕層が陥りがちな税務リスクと、その回避策について考えてみましょう。
ケース1:高額利益の「売却忘れ」税務爆弾
ある経営者A氏(年収2,500万円)は、2018年にビットコインを500万円分購入し、2024年末に約4,000万円で売却。その際、売却益3,500万円に対して申告せず、調査対象に。
結果、所得税・住民税・延滞税・加算税含めて約2,000万円の納税+追徴が発生。
教訓:ウォレット履歴の自動取得や、専門税理士の定期チェックが必要。
ケース2:ステーキング報酬の申告漏れ
暗号資産をステーキングしていたB氏は、報酬としてトークンを受け取っていたが、これを課税対象と認識せず申告漏れ。
実際には、受け取った時点の時価評価が雑所得として課税対象となり、数十万円単位の追徴が発生。
教訓:ステーキングやエアドロップ報酬も、単なる“おまけ”ではなく、明確な課税対象であるという認識を持つことが重要。
ケース3:法人保有による「時価評価課税」
資産管理会社C社が2023年末にビットコインを大量保有。年度末の評価価格が購入時より大きく上昇し、帳簿上の含み益に法人税が課された。
つまり、売っていないにもかかわらず課税対象になったという形。
教訓:法人での保有は「期末評価ルール」の理解が必須。制度緩和の方向性を注視しつつ、必要に応じて期末前に調整取引を検討することが望ましい。
実践アドバイス:富裕層・準富裕層が取るべき税務戦略
これまで見てきたように、暗号資産の税務は非常に複雑であり、制度変更も視野に入れると「待つ」か「動く」かの判断が今後ますます重要になります。特に資産規模の大きい富裕層・準富裕層は、一つの判断が1,000万円単位の損得を左右する可能性があるため、以下のような戦略的なアプローチが求められます。
① 税制変更を前提とした「保有方針の二段構え」
2025年~2026年にかけて、暗号資産の課税ルールが変更される可能性が高いと予測される以上、次のような“二段構え”の方針が理想です。
- 制度改正前(現状の総合課税下)
→ 売却は慎重に。課税対象を最小限に。必要であれば法人などを活用して資産分散 - 制度改正後(申告分離課税導入など)
→ 分離課税適用が明確になった段階で利確・再分配などの戦略を立てる
※「待てば制度がよくなるから動かない」ではなく、「制度が変わっても後悔しない準備」を並行して進めることが鍵です。
② 記録管理と専門家の活用
特に富裕層にとっては、以下のようなツールや人的リソースの活用が欠かせません。
- 暗号資産の取引履歴管理ツール(CryptoLinCやGtaxなど)
→ 各ウォレット・取引所のデータを一元化し、損益計算を自動化 - 税理士・会計士(暗号資産に精通したプロ)との契約
→ 申告の正確性向上はもちろん、追徴リスクの回避にも寄与 - 法人活用の検討
→ 資産管理会社として暗号資産を保有することで、課税タイミングの調整や相続対策が可能になるケースも
③ 海外資産管理とのバランス
CARF(暗号資産報告枠組み)の本格導入により、今後は「海外取引=非開示」ではなくなります。むしろ、海外利用こそ税務当局の監視対象となる可能性も高いため、以下の方針が推奨されます。
- 開示可能な海外利用環境を整備する(KYC対応済みの大手取引所の活用)
- 税務申告は原則すべて開示ベースで対応する
- “匿名性”に依存した資産保有は長期的にはリスクになるとの認識を持つ
注意点&まとめ:暗号資産税務は「予防」が何よりも重要

最後に、この記事で紹介してきた暗号資産の税務戦略について、要点を整理しておきます。
暗号資産税務で押さえるべき3つの心得
- 「知らなかった」では通用しない世界
→ 利益が出た時点で課税される以上、知らずに放置することは最も危険 - 制度は変わる、でも“今”の制度に従うことが最優先
→ 改正を待って納税を遅らせると、加算税の対象になるリスクも - 富裕層こそ“複数の対策”を組み合わせて守りを固めるべき
→ 法人、記録ツール、税理士、制度情報の定期チェックの4本柱を意識する
税務の世界では「申告しないこと」ではなく、「申告ミスがあること」が最も大きなリスクになります。特に資産余裕層ほど、資産保全の視点から“納税の最適化”に目を向けることが不可欠です。
そして、2025年以降の税制改正は、単なる変更ではなく、「暗号資産とどう向き合うべきか」を根本から考え直すチャンスでもあります。
税金は「罰則」ではなく、「戦略」です。
適切な理解と判断ができれば、暗号資産は富裕層の資産形成において極めて強力な武器になることでしょう。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。
