
「退職も近いし、もう投資なんてしなくていい」
そう思っていませんか?これは多くの60代が抱きがちな誤解です。
実際には、退職後の人生は20年〜30年続く可能性があります。平均寿命が延び、「人生100年時代」とも言われる現代。資産をただ「守る」だけでは、生活費・医療費・介護費用などに資産がじわじわと削られ、“老後破綻”という現実に直面しかねません。
だからこそ重要なのが、「守りながら、じっくり育てる」投資戦略です。
これは“攻める投資”とは違い、元本の保全と安定的な収入の確保を両立させる、いわば「第二の資産設計」。
「もう増やす必要がない」ではなく、
「減らさない努力」と「穏やかに育てる工夫」こそが重要になるのです。
60代からの投資は、実は“スタートに最適”な理由
60代は、投資の「終わり」ではなく「はじまり」にふさわしいタイミングでもあります。
その理由は、以下の通りです。
- 退職金の受け取りや年金の開始によって、大きな資金の流れが発生する
- 住宅ローンの完済などにより、可処分所得が増えるケースがある
- 子育てが一段落し、将来の支出が明確化する
- 医療や介護、相続など「お金の出口」を見据える必要が出てくる
つまり、60代というのは「これまでの資産をどう活かすか?」を戦略的に考える絶好の時期なのです。
安全・安定・安心を実現する“3A投資”という考え方
ここで提案したいのが、「3A投資」というフレームワークです。
Aの要素 | 内容 | 具体例 |
---|---|---|
安全(Safety) | 元本を守る | 定期預金・個人向け国債 |
安定(Stability) | 安定収入を得る | 社債・配当株・分配型投信 |
安心(Peace of Mind) | 精神的な安定 | 自動化・可視化・家族共有 |
この3つのAをバランスよく組み合わせることで、
「焦らず、欲張らず、でも賢く資産を使う」という、60代にぴったりの投資戦略が完成します。
次章では、その“土台”となる【資産設計の3原則】について詳しく見ていきましょう。
第1章:60代のための資産設計「3つの大原則」

【原則①】資産は「増やす」より「減らさない」設計へ
40代・50代の投資では「増やす」がキーワードでした。しかし、60代における資産運用の目的は明確に変わります。
それは、「いかに減らさないか」。
なぜなら、資産が減少してしまえば、生活そのものの不安定化を招きかねないからです。暴落リスクのある株式偏重のポートフォリオは、老後資金の安定性を損ねる可能性が高いでしょう。
そのため、60代では次のような考え方が重要です。
- 元本をできる限り保全する
- リスク資産の割合は抑える(目安:20~30%)
- 生活防衛資金(半年~1年分)を手元に確保
“減らさない運用”を徹底することが、資産寿命を延ばす第一歩となるのです。
【原則②】元本・流動性・収益性のトライアングルバランス
資産運用の世界には、「安全性・流動性・収益性」の3要素があり、すべてを同時に最大化することは不可能とされています。
そこで重要になるのが、「どれを優先するか」の方針を明確にすることです。
優先 | おすすめ商品例 |
---|---|
元本重視 | 定期預金・国債・終身保険 |
流動性重視 | 普通預金・短期債券ファンド |
収益性重視 | 高配当株・社債・REIT |
60代にふさわしいバランスは、安全7:収益2:流動1程度が理想とされます。
ただし、健康状態や家族構成によって調整は必要です。
【原則③】目的別に“使い分ける資産配分”が鍵となる
「投資=一括で管理」という思い込みは、60代には適しません。
むしろ、目的別に口座・商品・戦略を分けて運用することが、心理的安心にもつながります。
目的 | 運用方法 |
---|---|
毎月の生活費 | 安定収入型の投信/年金型保険 |
5年以内の医療費・介護費 | 流動性重視の預金/短期債券 |
相続や10年後の資金 | 成長型ファンド(割合抑えめ) |
このように、“使う目的に応じて投資をデザインする”ことで、より合理的で不安の少ない運用が実現します。
第2章:「安全・安定・流動性」を備えた投資商品の選び方
60代の資産運用で最も重視すべきキーワードは、「安全」「安定」「流動性」。
この3つの視点をベースに、実際にどのような商品が適しているのかを見ていきましょう。
【元本保証系】個人向け国債・定期預金・年金保険の賢い活用
「元本保証」こそ安心感の源泉。特に60代においては、価格変動リスクのない商品をベース資産に据えることが、心理的な安定にも直結します。
◆ 個人向け国債(変動10年・固定5年)
- 財務省が発行するため、信用度は国内トップレベル
- 1万円から購入でき、必要に応じて途中解約も可能
- インフレ対策としては「変動10年」が有効
◆ 定期預金
- 利率は低いものの、「絶対に減らしたくないお金」の保管場所として最適
- 銀行破綻時も、1,000万円までの元本と利息はペイオフ制度で保護
◆ 年金保険(個人年金・終身年金型)
- 一定期間後に毎月定額が受け取れる「年金型保険」は、生活費の補填用として優秀
- ただし、流動性が低いので必要資金との分離管理が必須
▶ ポイント:
これらの商品は、あくまで「守り」の要。資産全体の土台として活用し、リスク資産と組み合わせることでポートフォリオの安定性が高まります。
【安定収入系】高格付け社債・毎月分配型投信(“罠”に注意)
「毎月収入がある」というだけで飛びつくと、思わぬ落とし穴にハマることも。ここでは、収益と安全性のバランスを取る“中間ゾーン”を紹介します。
◆ 高格付け社債(AA格以上)
- 国債より利回りが高く、企業倒産リスクは低め
- 満期保有すれば元本が戻るが、途中売却時には価格変動リスクあり
- 円建ての社債を中心に、通貨リスクは最小限に
◆ 毎月分配型投信
- 毎月“お小遣い感覚”で分配金がもらえる
- ただし、分配金の原資が「元本取り崩し」であることも
- 「タコ足配当」になっていないかを目論見書でチェック
▶ 注意点:
安定収入型の商品は、“長く保有してこそ安定する”設計になっているものが多いです。短期売買や“高利回りだけ”を基準に選ぶと、かえってリスクを招く可能性があります。
【バランス型】リスクコントロール型ファンド・ロボアドバイザーの活用法
「少しだけリスクをとってでも資産を伸ばしたい」そんなときに注目したいのが、分散とリスク調整を意識した商品です。
◆ リスクコントロール型ファンド
- 市場の動きに応じて、自動でリスク資産の割合を調整
- 株式・債券・REIT・コモディティなど、幅広く分散されたポートフォリオ
- 自分で細かく管理する必要がないため、初心者にも優しい
◆ ロボアドバイザー(WealthNavi、THEOなど)
- 簡単な質問に答えるだけで、自動的に資産配分を提案・運用してくれる
- リバランスや税金最適化(DeTAX)まで自動対応
- 月1万円からスタート可能で、「ほったらかし投資」に近い形で実践できる
▶ ポイント:
リスクコントロール型は「攻めの資産ではないが、守りながら育てる中庸戦略」に最適。60代でもリスクの許容範囲を超えない形での成長機会を得ることができます。
投資信託・債券・保険商品…それぞれの“向き・不向き”とは?
最後に、代表的な金融商品の向き・不向きを一覧で整理しておきましょう。
商品 | 向いている人 | 向いていない人 |
---|---|---|
定期預金 | 絶対に減らしたくない資産がある | インフレリスクを懸念する人 |
個人向け国債 | 安定を最重視する | 高い利回りを求める |
社債 | ミドルリスクで収益を取りたい | 価格変動に敏感な人 |
年金保険 | 毎月の収入の見通しを立てたい | 流動性を重視する |
投資信託 | 分散投資したい/初心者 | 手数料を気にする/運用方針に納得できない |
ロボアドバイザー | 手間をかけたくない/知識が少ない | 自分でコントロールしたい |
第3章:「元本保証」の落とし穴と“インフレ”という見えない敵
「元本が減らないから安心」
そう考えるのは自然なことですが、それは半分の真実に過ぎません。
実際には、“お金の価値”は日々目に見えない形で揺らいでいます。
「元本保証=安心」は本当に正しいのか?
銀行の定期預金、個人向け国債、終身保険など、いわゆる「元本保証型」の商品は、たしかに絶対額としての元本が守られるという意味での“安全”は確保できます。
しかし、それがそのまま「将来の生活を守る」とは限りません。
なぜなら、元本が守られても、お金の「実質価値」は目減りする可能性があるからです。
たとえば…
- 現在:100万円あれば、ひと月の生活費が賄える
- 10年後:同じ100万円で、半月しか生活できないかもしれない
これは、インフレ(物価上昇)による購買力の低下が原因です。
つまり「元本保証型商品だけに偏った運用」は、将来的な“生活の質”を守れないリスクを内包しているのです。
インフレ率2%の世界で、お金は「10年で約18%減る」
日本銀行の金融政策において、「物価安定の目標」は年2%のインフレ率とされています。
この数字を元にした“お金の価値の減少”をシミュレーションしてみましょう。
◆ 実質価値の低下(複利で計算)
年数 | インフレ率2%での目減り率 |
---|---|
5年後 | 約9.6%減 |
10年後 | 約18.3%減 |
20年後 | 約33.0%減 |
この結果からも明らかなように、インフレが続けば、現金や元本保証資産だけに頼る戦略は極めて非効率となります。
「インフレ耐性」を備えた運用の考え方
インフレに強い運用方法を取り入れることは、60代からの資産管理においても重要です。
以下は、“元本保証”と“インフレ耐性”を両立するためのヒントです。
◆ 分散投資を徹底する
- 安全資産(預金・国債)をベースにしつつ、
- 一部はインフレに連動しやすい資産へ(例:REIT、インフレ連動債)
◆ 配当・分配型商品で“実質利回り”を確保する
- 株式や投資信託の中でも、「安定配当がある銘柄」はインフレ下でも収益を生む
- ただし、「元本の切り崩し型」には注意(毎月分配型投信など)
◆ 生活設計における「インフレ耐性」を考慮
- 生活費を見積もる際、年率1〜2%の上昇を織り込む
- 医療費・介護費は物価以上に上がる傾向があるため、余裕を持った設計が必要
「元本保証」だけに頼らない、知的な資産防衛術
最終的に目指すべきなのは、「元本を守ること」ではなく、「人生を守ること」。
そのためには、“今のお金”の価値ではなく、“未来に使うお金の価値”を基準に考えることが大切です。
元本保証型資産はあくまでポートフォリオの一部。
その裏で価値を守るための成長戦略(=インフレ対策)を仕込むことが、真の安心に繋がるのです。
第4章:60代からの“守りと育てる”ポートフォリオ戦略【モデルケース解説】

これまでの章で、「安全・安定・流動性」そして「インフレ耐性」という観点から資産運用の考え方を整理してきました。ここではいよいよ、それらを反映した現実的なポートフォリオの構築法について、具体例とともにご紹介します。
モデルケース①:「退職金2,000万円、年金生活スタート」の場合
● 基本情報
- 年齢:65歳
- 資産状況:退職金2,000万円+預貯金1,000万円
- 年金:月額15万円(夫婦合算)
- 住宅ローン:完済済
- 主な支出:生活費+医療費で月20万円
● 目標
- 月5万円の不足分を20年間補える仕組みを作る(=1,200万円相当)
● 推奨ポートフォリオ構成(安全重視型)
資産分類 | 割合 | 内容例 |
---|---|---|
現金・預金 | 30% | 万一の緊急資金+1年分の生活費 |
個人向け国債(変動10年) | 20% | 元本保証+最低金利保証 |
年金保険(確定型) | 20% | 毎月の年金に加算される“上乗せ収入” |
高格付け社債 | 10% | 安定した金利収入を確保 |
投資信託(バランス型) | 10% | 世界分散+インフレ対策 |
REIT(国内・先進国) | 10% | 分配金を得ながら資産価値を保つ |
▶ ポイント:
資産の50%以上を「元本確保・低リスク資産」に配分しながら、残りを“インフレ耐性”のある資産でカバーしています。年金に加えて「自前のミニ年金」を持つイメージです。
モデルケース②:「自営業で退職金なし、資産3,000万円」の場合
● 基本情報
- 年齢:62歳
- 職業:個人事業主(年収は今後不透明)
- 資産状況:現金1,000万円+金融資産2,000万円(投資未経験)
- 年金:65歳以降、国民年金のみ(夫婦で月13万円程度見込み)
● 目標
- 「できるだけ資産を減らさず、月7万円を補う」
● 推奨ポートフォリオ構成(育てながら守る型)
資産分類 | 割合 | 内容例 |
---|---|---|
現金・預金 | 25% | 流動性確保・3年分の生活費目安 |
個人向け国債(固定5年) | 15% | 利率は低いが価格安定性あり |
リスクコントロール型ファンド | 20% | 市場に応じて資産配分を自動調整 |
ロボアドバイザー(WealthNaviなど) | 20% | 世界分散・税最適化・自動リバランス |
国内REIT | 10% | 分配金で月々の足しに |
海外ETF(債券・インフレ連動) | 10% | インフレ耐性+為替リスクヘッジ付き |
▶ ポイント:
投資経験が浅くても、自動化された運用商品を組み合わせることで“知識の壁”を越えることが可能。資産全体で“守りと育てる”のバランスを取りつつ、毎月の資金需要にも応える設計となっています。
「目的別バケツ運用」で“取り崩す順番”を明確に
最後に重要なのは、資産を「取り崩す順番」の考え方です。
以下のような「バケツ戦略」で、資産を目的ごとに分けて管理するのがおすすめです。
■ バケツ1:「生活防衛資金」
- 現金・定期預金(1〜2年分の生活費)
- → 緊急時・不測の支出対応
■ バケツ2:「安定運用資金」
- 国債・社債・年金保険など(3〜5年分)
- → 定期的な生活資金補填
■ バケツ3:「成長・インフレ対策資金」
- 投資信託・ETF・REITなど
- → 長期目線で資産の価値維持・成長を狙う
このように分けておくことで、どの資産を、いつ・何のために使うかが明確になります。
無計画な取り崩しによる“老後破綻”のリスクも、大幅に下げられるでしょう。
第5章:安全運用のその先へ──豊かな老後のために今できること
資産を守り、安定した収入を得ながら、人生100年時代を生き抜く。
60代からの投資は「もう増やさなくていい」ではなく、「守りながら育てる」運用が鍵になります。
この章では、安全重視の投資戦略を活かしつつ、より豊かで柔軟なライフスタイルを実現するための実践アクションを3つに分けてご紹介します。
アクション①:年に1回は「資産健康診断」を
どれだけバランスよく構築したポートフォリオでも、一度組んで終わりではいけません。
- インフレ率の変化
- 年金・生活費の見直し
- 自身や家族の健康・介護状況の変化
- 市場動向による資産価格の上下
これらを反映するために、最低でも年に1回は「資産の健康診断」を行いましょう。
◆ チェックリスト例
- ポートフォリオのバランスが崩れていないか?
- 分配金や配当金の再投資・取り崩しに問題はないか?
- 金融商品に手数料や隠れコストがかかりすぎていないか?
- 資産の一部が「塩漬け」になっていないか?
万が一に備える意味でも、「見える化」しておくことで、家族との資産共有や相続設計にも役立ちます。
アクション②:「お金の出口戦略」を描いておく
資産運用のゴールは「増やすこと」ではありません。
「人生にどう使うか」が問われる時代に入っています。
- いつ、どのタイミングで
- どの資産を
- どの程度取り崩すか
この“お金の出口設計”を描いておくことが、心理的な安心にもつながります。
◆ 取り崩しの優先順位例
- リスク資産(値動きが大きいもの)から計画的に
- 税優遇が終わる商品(NISA枠終了分など)
- 最後まで温存したい安定資産(保険・国債)
「貯めているだけ」で老後資金が使えない“資産凍結リスク”を避けるためにも、出口戦略の設計図を持つことは極めて重要です。
アクション③:お金以外の「資産」も育てる
最後にお伝えしたいのは、「資産=金融資産」だけではないということ。
- 健康という“最重要資産”
- 人とのつながり、家族・地域とのネットワーク
- 生涯学習や新しい趣味
- 社会との関わり(ボランティア・NPO支援など)
これらの**「非金融資産」こそが、老後の満足度を大きく左右する要素**です。
金融資産で安心を得ながら、生きがいや役割を持ち続けられる環境を整える。
それこそが、本当の意味で“豊かな老後”を実現する鍵なのではないでしょうか。
まとめ:安全運用×人生設計で、60代からの毎日をもっと自由に

この記事では、「60代からの安全重視型投資戦略」を中心に、
- 資産を守る3つの原則
- 投資商品の選び方と注意点
- 元本保証の落とし穴とインフレ対策
- モデルケース別ポートフォリオの設計
- 豊かな老後を実現するための3つのアクション
…を順を追って丁寧にご紹介してきました。
大切なのは、「もう年だから」ではなく、「今だからこそできる投資戦略がある」という視点です。
資産は、減らさず、活かし、育ててこそ意味がある。
そしてその先には、数字では測れない“人生の価値”が待っています。
どうかあなた自身のペースで、安心と自由を両立する資産運用の旅を歩んでいってください。
その一歩を、この記事が後押しできたなら幸いです。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。