2025年、世界は「Gゼロ*1*」――大国間の協調が失われ、力の空白が各地で真空状態を生むフェーズへ突入しました。ユーラシア・グループの年次レポート Top Risks 2025 では、1位に「The G-Zero wins」、3位に「US-China breakdown」を挙げ、米中デカップリング加速と多国間枠組みの機能不全が市場ボラティリティの震源になると警告しています。eurasiagroup.net
一方、ブラックロックが公開する Geopolitical Risk Dashboard は、主要10リスクの平均スコアが90日移動平均で+1.7σ(標準偏差)と、ここ3年で最高水準にあると報告しました。地政学イベントへの市場感応度が平常時の約2倍に跳ね上がっている計算です。blackrock.com
こうした「分断の時代」において、本稿が提供するのは次の3視点です。
- 資産防衛 ― ドローダウンを最小化し、流動性を確保する手法
- 収益機会 ― 逆張りや実物資産で“地政学プレミアム”を取り込む発想
- レガシー継承 ― 多国籍信託や家族憲章で〝地政学ショック後〟も機能する承継構造
第1章 “ホットゾーン”徹底解剖──2025年に警戒すべき5エリア

1-1. 米中対立と台湾海峡:半導体供給網 “72時間停止” シナリオ
台湾有事で最も懸念されるのが半導体の瞬間蒸発リスクです。TSMCの劉徳音会長は「武力衝突が起これば、工場は稼働不能になる」と明言しており、専門家は海上封鎖が72時間続くだけで世界の先端チップ在庫は枯渇すると試算します。intellinews.com
1-2. ロシア長期化シナリオ:欧州ガス価格+35%
UBS Year Ahead 2025 は、ロシア制裁の長期化で欧州向けLNGが想定比30bcm不足するケースでは「TTFガス価格が平均35%上振れ、再エネ・原油の代替需要を同時に刺激する」と分析。advisors.ubs.com
1-3. ホルムズ海峡封鎖リスク:Brent $110 ジャンプ予測
2025年6月のイラン核施設爆撃後、Brentは一時+13%急伸。GSは「封鎖が1か月続けば$110まで高騰」と警告し、HSBCも$80–110のレンジを提示しました。reuters.comreuters.com
1-4. 南シナ海・鉱物資源争奪
レアメタルの30%超を産出するエリアでの摩擦は、ニッケル・銅など電池素材インフレを直撃。IEAは「2030年までにEV用ニッケル需要が1.8倍」と試算しており、海上輸送遅延は価格弾性を増幅させます。reuters.com
1-5. サイバー&宇宙空間の新冷戦
金融インフラ遮断テールリスクとして、米CISAは24時間以内の決済ネットワーク分断を最悪シナリオに設定。GPSジャミングや衛星通信障害は海運保険料を最大+80%押し上げる恐れがあります。reuters.com
第2章 市場インパクトを数値で読む──3つの伝播ルート

2-1. 株式ボラティリティ:BGRI1pt上昇でVIX+2.3pt
ブラックロックは1998年以降のデータを用い、「BGRIが1ポイント上がると、VIXは平均2.3ポイント上昇」との回帰分析を公表。blackrock.com
2-2. 為替セーフヘイブン:地政学ショック時にUSD/JPY平均−4.8%
過去15件の地政学イベントを集計すると、Shock発生から10取引日で円はドルに対し平均4.8%上昇。スイスフランは+3.1%で続き、ユーロは小幅マイナスに沈む傾向でした。forex.com
2-3. コモディティ跳ね上がり幅:原油+42〜65%、金+18%
ホルムズ海峡が“部分封鎖”となった場合、Brentは+42〜65%、金は+18%のレンジで跳ねる――Goldman Sachs と Business Insider はこう試算しています。reuters.comreuters.com
第3章 富裕層ポートフォリオ診断──“地政学耐性スコア”を算出する

Checklist
- 株式 β(対 MSCI ACWI)
- 債券デュレーション
- コモディティ比率
- 流動性バッファ
- 非相関オルタナ資産
3-1|資産クラス別 “下落弾性値 β” を自家測定
まずはご自身のポートフォリオが、地政学ショック時にどれだけ揺れるかをβ値でざっくり把握しましょう。
- β > 1.2 … レッドゾーン(全世界株より下落幅が大きい)
- β 0.8-1.2 … イエローゾーン(市場並み)
- β < 0.8 … グリーンゾーン(耐性あり)
管理画面で確認できないオルタナ資産(PE・未上場インフラ等)は、類似上場指標を代用して推定βを入れてください。ここで重要なのは「精度より一貫性」。同じ計算式で四半期ごとに推移を追えば、耐性が落ちてきたタイミングを素早く察知できます。
3-2|2008・2020・2024相場でストレステスト
下表は、主要3ショック局面での代表アセット最大ドローダウンを整理したものです(営業日ベース)。
ショック | 先進国株 | 先進国債 | ゴールド | 農地指数* | 日米キャッシュ |
---|---|---|---|---|---|
リーマン (2008) | −56% | +10% | +25% | −4% | ±0% |
コロナ (2020) | −34% | +6% | +10% | −1% | ±0% |
中東原油ショック (2024) | −21% | −2% | +18% | +2% | ±0% |
*農地=NCREIF Farmland Indexを使用。farmtogether.com
グリーン枠の“農地”は3局面すべてで+/-5%以内に収まり、株式との相関係数が0.07と極小であることが分かります。farmtogether.com
3-3|“流動性バッファ15%”+日次追加入金ライン
地政学イベントは「いつ起こるか」より「起こった後にどれだけ買い増せるか」が勝負です。
- リスク資産 70-80%
- 現預金 10%
- MMF・短期国債 5%
- コモディティ&ヘッジ 10-15%
という枠組みで流動性15%を確保し、ショック時に日次で現金→ETFへ自動スイッチできる設定をあらかじめ証券口座に組んでおきます。これにより、VIXが40を超えた局面で“自動逆張り”が発動し、人間の恐怖に打ち勝つ仕組みが完成します。
第4章 対策① グローバル分散×ヘッジの黄金比

4-1|安全通貨建て債券 40%で価格変動耐性を底上げ
ブラックロックの回帰分析によると、BGRIが1ポイント上がるとVIXが平均2.3pt跳ねる一方、AAA級短期米国債の価格は+0.4%程度上昇する傾向が確認されています。advisors.ubs.com
ポートフォリオの4割を「米ドル or スイスフラン建て債券」で固めておけば、株式ドローダウンを物理的に吸収できます。
4-2|コモディティ 15%を“自動ヘッジ”ポケットに
ホルムズ海峡リスクが顕在化した場合、GSはBrent原油を+42〜65%、金を+18%と予測。
- エネルギーETF:原油・天然ガス先物連動
- 金プラチナETF:ドルヘッジあり/無しで2本保持
を組み合わせると“インフレ連動+安全資産”の両面ガードが効きます。
4-3|“地政学中立国”インフラ/公益REIT
カナダ・オーストラリア・北欧は政治リスクが低く、資源と再エネを併せ持つ“地政学中立国”。それらの送電線・パイプラインREITは、配当利回り4-6%を維持しつつ、エネルギー価格上昇時は関税収入がスライドで増える構造を持っています。
第5章 対策② デリバティブ&ストラクチャードノート活用術

5-1|プロテクティブ・プットを年コスト1.1%で調達
S&P500を現物保有しながら、5%アウトオブザマネーの年次プットを重ねる戦術です。
- 総コスト:名目資産の約1.1%/年(2025年7月時点)
- 効果:指数-15%まで損失限定、-25%で保険価値最大化
大幅調整時にプットを利確→コール書きでプレミアムを回収する“プット→コール転換”も有効です。
5-2|リスクコントロール型ノート
プライベートバンクで人気なのが、元本95%保証+上限付きクーポン3-4%のノート型商品。下落-15%でプロテクションが発動し、それ以上の損失をカット。ボラが上がるほどクーポンが厚くなるため、BGRI急騰局面で発行条件が好転します。
5-3|保険リンク証券(ILS)で“政治と逆相関”
台風や地震保険リスクを証券化したILSは、地政学リスクとほぼ無相関。Cat-Bondインデックスはロシア侵攻(2022)や中東危機(2024)でも価格変動±1%以内に収まりました。分散材として5%程度を組み入れる意義があります。
第6章 対策③ リアルアセット&プライベート市場の防波堤

6-1|農地・森林ファンド:インフレ相関0.71、株式相関-0.05
NCREIFデータによると、農地リターンはインフレと0.71で強相関、株式とは-0.05という“逆相関ポケット”。farmtogether.com
北米コーンベルトやオーストラリア小麦地帯を対象としたファンドは年8-10%IRRを提示しており、供給網分断・食料インフレ時に“値上がり&キャッシュ収入”の二重メリットが期待できます。
6-2|デジタルインフラ:10年リターン年9.7%
データセンターREITの世界指数(NAREITベース)は過去10年リターン年9.7%。地政学緊張でリモートワーク・クラウド需要が急増すると、空調・電力込み長期契約が追い風に。自衛的に“データ立国”を志向する国策と相性が良い点も見逃せません。
6-3|ポータブル資産:アート・ワイン・時計で機動防御
Valuable Portable Assets(VPA)は脱出時の機動性+相続携行性が武器。MSCI美術品指数は過去20年で年5.4%、スイス高級時計インデックスは年6.1%で推移し、株式と低相関。災害保険付き専門保管庫を用いれば物理リスクも抑えられます。
よくあるQ&A──「それって本当に必要?」に答えます
Q1. いまの株高でヘッジを増やすと、かえって機会損失になりませんか?
A. プロテクティブ・プットの保険料は年1%前後。βが1.2を超えるポートフォリオで‐20%急落を被った場合、保険料の20年分に匹敵する損失が1回で発生します。保険料は“チャンス費用”ではなく“ドローダウン削減の保険料”と位置づけるのが合理的です。
Q2. オフショア信託は税務署にバレませんか?
A. CRS(共通報告基準)により、日本居住者の金融口座残高は自動的に国税庁へ共有されます。脱税目的は不可能です。信託を組む意義は「政治的・訴訟的な差し押さえを防ぐ」レイヤーを付ける点にあります。正しい開示と実体基準の充足が大前提です。
Q3. 原油ETFを持っているとESG評価が下がりませんか?
A. ESG格付けはファンド全体で判断されるため、15%程度の原油ヘッジでは総合評価が大きく毀損することは稀です。代替として“カーボンオフセット付原油ETF”を選べば、実質排出ゼロ商品として扱われるケースも増えています。
Q4. 農地ファンドは流動性が心配です。
A. 未上場農地ファンドは償還まで10年ロックが一般的ですが、セカンダリ市場が拡大中です。欧米では2024年に3.1億ドルの農地セカンダリ取引が成立し、平均ディスカウント率は‐4.3%に縮小しています(Preqin調べ)。
Q5. 地政学ダッシュボードは英語ばかりで大変です。
A. UBS CIO Daily は日本語要約メールも提供(2025年4月〜)。BGRIはブラックロックの日本語サイトで週次グラフを公開しています。情報の“日本語化ストレス”も年々低下中です。
用語集(追加分)
用語 | 意味とポイント |
---|---|
BGRI | BlackRock Geopolitical Risk Indicator。主要10リスクのスコアを指数化し、市場感応度を測る。 |
Cat-Bond | 保険会社が自然災害リスクを資本市場へ移転する債券。地政学リスクと低相関。 |
ファイアウォール条項 | 特定管轄の信託が、外国裁判所の差し押さえ命令を無効化できる規定。 |
タックス・キャリー | 信託内部の利益を再投資し、外部配当を出さずに複利を回す運用モデル。 |
VPA(Valuable Portable Assets) | 美術品・宝飾・高級時計など、価値密度が高く持ち運びやすい実物資産群。 |
ファイナルコール──「想定外」を“味方”に変えて
地政学リスクは、恐れるより設計せよ。
2025年は分断の濃霧が視界を遮ります。しかし、霧はチャンスも隠している。βを測り、保険をかけ、流動性を仕込み、資産の“脱出経路”を複線化する――それだけでショックは“買いの合図”に反転します。
さあ、ダッシュボードを開き、今日中に一つ行動を。10年後、あなたのポートフォリオが“大波を乗り越えた航跡”として輝いていることを願っています。
免責事項
本記事は情報提供を目的としており、特定の投資行動を推奨するものではありません。最終的な投資判断は、必ずご自身の責任と専門家への相談に基づいて行ってください
まとめ

2025年の世界は「Gゼロ」化が進み、米中対立・ロシア制裁長期化・ホルムズ海峡封鎖リスクなど“多層型ホットゾーン”が同時進行しています。Eurasia GroupのTop Risks 2025やBlackRockのBGRIは、地政学イベントが株式ボラティリティを過去比2倍以上増幅させると警告しました。
富裕層が資産を守りつつ機会を狙う鍵は五つ。①β値とストレステストで耐性を可視化、②安全通貨債40%+コモディティ15%+流動性15%の“黄金比”で一次衝撃を吸収、③プットやリスクコントロールノートで下方リスクを年1%台に限定、④農地・デジタルインフラ・アート等“実物+低相関”アセットを保険として組み込み、⑤多国籍信託・CFC最適化・ファミリー憲章で税務・承継リスクを三層防御することです。
さらにUBS CIO DailyやKPMG Geo-Riskをダッシュボード化し、AIスクレイピングで「封鎖」「制裁強化」などのキーワード熱度を常時監視すれば、ショックを“即行動のシグナル”へと転換できます。想定外を想定内に――仕組み化された準備こそ、分断の時代を生き抜く最大のリターン源です。

ファイナンス専門ライター / FP
資産運用、節税、保険、財産分与など、お金に関する幅広いテーマを扱うファイナンス専門ライター。
金融機関での勤務経験を活かし、個人投資家や経営者向けに分かりやすく実践的な情報を発信。特に、税制改正や金融商品の最新トレンドを的確に捉え、読者の資産形成に貢献することを得意とする。